No.443

News 26-01 (通巻443号)

News

2026年01月25日発行

スペインのホール・劇場体験

 先月、スペインを訪問する機会を得た。バルセロナのコンサートとオペラ、マドリードのピアノ・リサイタルの様子や、それぞれの施設について紹介したい。

◆カタルーニャ音楽堂

 バルセロナ中心部、カタルーニャ広場から約500m東に位置する約2000席のコンサートホールである。設計はLluís Domènech i Montanerで、アントニ・ガウディと同時代の建築家である。ステンドグラスやモザイクタイル、彫刻で彩られた豪華な内装は、スペインのカタルーニャ地方で19世紀末から20世紀初頭に流行した放物線や鍾乳洞のような自由な曲線、自然な色彩を多く取り入れたモデルニスモ建築の傑作として近代スペインを代表する。ホールの形状はシューボックス型に近いが、舞台上部にも多くの客席が配置されていたり、3階席だけ後方が左右非対称に奥行きが深くなっていたり、時代的には珍しい特徴がある。現在、世界遺産登録の現役コンサートホールはここだけである。

カタルーニャ音楽堂
コンサートのカーテンコールより

 このホールの竣工は、残響計算が初めて実施されたボストンのシンフォニーホールと同時期の、1908年である。1980年代に一度、大規模な改修が行われている。改修項目は構造や設備の修復、近代化だけでなく、屋外との遮音性能の改善や、響きの調整といった音響的な内容も含まれていた。この改修における音響設計を担当したのは、ベルリンフィルハーモニーを設計したベルリン工科大学のLothar Cremerと、地元の、当時まだ音響コンサルタントとして独立していなかったHigini Arau-Puchadesである。響きの調整に関しては様々な言説が散見されるが、大きく2項目にまとめられる。ステンドグラスの内側に厚いガラスを追加して壁面の吸音を減らすことと、椅子の座裏にレゾネータ型吸音構造を付加して、空席時と満席時の吸音の差を減らすことである。2025年6月のICAとアメリカ音響学会のジョイントミーティングにおける報告によれば、空席、満席時とも改修後の方が残響時間は長いようだ[1]

吸音構造が付加された客席椅子の座裏

 訪れた日のコンサートは、ヘンデルのメサイア抜粋版であった。指揮はXavier Puig、バロックオーケストラのVespres d’Arnadíと室内合唱団Cor de Cambra de Granollersによる。ソリストはIrene Mas(ソプラノ)、Daniel Folqué(アルト)、Roger Padullés(テナー)、Joseph-Ramon Olivé(バリトン)。二階席後方のやや下手側のブロック席から鑑賞した。

 音は、舞台が近く感じられ、しっかりとした音量感で明瞭に届く。歓びに満ちた歌がエネルギッシュに、ピリオド奏法の澄んだ音色とともに聴こえてくる。ただ、余韻がとても短い。この聴感的な印象と、見た目には響きの余裕がありそうな印象とのギャップが大きく驚いた。舞台周りの白い彫刻や天井の明るいステンドガラスが広く見せているのかもしれない。先の文献[1]には、室容積が約10,000m3とあり、体感ほど空間は大きくないようである。

 1時間半のコンサートは休憩なしで、途中の有名な「ハレルヤ」での拍手大喝采など、スペインの熱狂を肌身で感じることができ、良い経験であった。1階席や3階席、また平面的に丸い壁で囲われた舞台上がどんな響きなのか、再訪して聴いてみたいホールである。

[1]: https://doi.org/10.1121/2.0002031

◆リセウ劇場

 カタルーニャ音楽堂から約1km南下したところにあるオペラハウスである。ガウディ初期の作品の、グエル邸などが近い。1847年からある劇場だが、1861年と1994年に火災で焼失し、その度に建て替えられてきた歴史がある。現在の劇場は1999年に竣工しており、昔ながらの馬蹄形と豪華絢爛な意匠を残しつつ、現代の構造や設備にアップデートされた建物である。建築設計はIgnacio de Solà-Moralesと、Xavier Fabré、 Lluís Dilméが担い、音響設計はカタルーニャ音楽堂の音響改修を担当したHigini Arau-Puchadesによる。

リセウ劇場

 ここではドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」を観賞した。スペインの田舎を舞台とする喜劇であるから、自国でどのような演出を施すのかと楽しみにしていたのだが、20世紀前半のイタリア、ファシズムの時代を舞台とする大胆アレンジバージョンであった。全2幕構成で、前半は3階席中央、後半は1階席2列目の下手寄りから鑑賞した。 

 建築的にユニークなのは、オーケストラピットの手すり壁が音響的に透明な仕上げであることだろう。舞台近くの席では、オーケストラが手すり壁を越えてではなく、ダイレクトに聴こえてくるような印象があった。それでも、どの歌手も伴奏に音量負けせず、囁くような歌声から歌い上げる部分まで、しっかりと届いてきた。響きについては、前半、後半の席とも豊かで、音に包み込まれるような印象があった。カタルーニャ音楽堂よりもよく鳴っているという感想である。しかし残響時間だけを見ると、カタルーニャ音楽堂の方が長いようである。

オーケストラピットの手すり壁

 このオペラでは、兵隊たちの入場行進に客席中央の通路が花道のように使われるなど、客席も取り込んだ演出が何度か見られた。終わりにはカーテンコールだけでなく、惚れ薬との触れ込みで安い赤ワインを売りつける怪しいドクター、ドゥルカマーラ博士(演じるのは新国立劇場の出演歴もあるバリトンのFabio Capitanucci)のアンコールまであり、派手で楽しいオペラであった。

◆マドリード国立音楽堂 室内楽ホール

 最後に紹介するのは、1988年にオープンしたマドリード国立音楽堂である。今回訪れたのは大ホールではなく、客席数約600の室内楽ホール(Sala de Cámara)である。建築設計はJose M. Garcia de Paredes、音響設計は前出のLothar Cremerらが担当した。上記2つのバルセロナの施設と比べると、とてもシンプルで、ヴィ二ヤード型コンサートホールの要素を取り入れたモダンな意匠である。ちなみに、同じ音響設計者によるベルリンフィルハーモニーの小ホールが前年の1987年にオープンしている。

マドリード国立音楽堂 室内楽ホール

  ここで聴いたのは、ハンガリーのピアニスト、ラーンキ・フェロップのスペインデビューリサイタルである。日本でも有名なピアニスト、ラーンキ・デジューの息子さんである。演目はバルトーク、リスト、コダーイなど、自国の著名な作品で構成されていた。

 前半にピアノの低弦が一本切れるというアクシデントに見舞われながらも、終始パワフルに弾き切った演奏に圧倒された。席はテラス壁後方のやや下手寄りで、舞台からある程度距離はあったのだが、すぐ目の前で聴いているかのような迫力であった。この印象はピアニストの奏法だけではなく、音波が散乱しにくい凹凸の少ない意匠にも一因があると思われる。強い初期反射音を舞台や客席に届けようとする形状がそこかしこに見受けられた。

下向きに傾けられた客席後壁

 さて、今年は建築家アントニ・ガウディの没後100年であり、サグラダ・ファミリアの一番高い中央の塔、イエスの塔が完成予定というニュースもある。またスペインの巨匠パブロ・カザルスの生誕150年にもあたり、国内各地で関連イベントが数多く企画されることだろう。クラシック・ファンにとっては、いつも以上にスペインの情緒を身近に感じられる一年になりそうである。筆者も、さまざまな機会に足を運び、その響きに耳を傾けたいと思う。(鈴木航輔記)