永田音響設計News 93-9号(通巻69号)
発行:1993年9月15日





旭川市大雪クリスタルホールのオープン

大雪クリスタルホールの配置図
 旭川市開基100年記念事業の一つとして建設が進められていた大雪クリスタルホールがこの程完成し、9月1日に開館記念式典が行われた。
 この施設は、600席の室内楽を主体とした音楽堂、北海道の生活の歴史や自然を展示した博物館、それに国際会議場の3棟で構成されており、それぞれが円形の野外ステージを意識した中庭(プラザ)を取り囲むように建てられている。この建物は二つの顔を持っている。一つはフォーマルな正面入口。車寄せにハイヤーを横付けして国際会議場に入るいわゆるVIPとされる人たちはここから出入りをする。デザインも格調高く少し気取った雰囲気である。もう一つは中庭側からのアプローチ。音楽会や博物館に来る一般市民のほとんどが自家用車を利用すると予想され、駐車場から建物へはプロムナードを通って入る。プロムナードは樹木の間の小路から次第に中庭に架けられた湾曲した長いブリッジへと繋がり自然と建物に入っていく。音楽会に向う人達の気持ちを次第に高揚させるような雰囲気をここでは演出している。複合施設の持つ複数の性格に合わせ、そこへ訪れる人達の動線を分け、それぞれの機能のイメージに合った導入部の雰囲気を巧みに創りあげている。

 この施設の設計はコンペにより選定された柴滝・松本・鳳・ノア設計共同体が行い、北海道東海大学の大野仰一助教授がコンペ段階から設計監修を行った。大野氏は大学で教鞭をとる傍ら設計事務所“あとりえコア”を主宰されている旭川在住の建築家だが、専門は環境系で北国の建築で重要な熱環境についての研究を進める一方、これからの北国の建築のあり方を日夜追究されている。氏の作品は北国でありながら開放的で明るく壮快で、北海道の雄大な自然に実に良く溶け合い、室内にいながら自然と肌を接しているような爽やかな気分にさせてくれる。氏のように地方都市で活躍されている建築家が、多くの人達に紹介される機会がもっとあれば良いと思う。

大雪クリスタルホール全景(正面広場側)

 旭川は合唱や吹奏楽を中心に音楽の活動が盛んな街であるが、音楽堂に対しいろいろと意見や要望を出される活動団体があった。「ぬくもりホールの会《(代表:村田和子氏)というグループで、ホールの規模、形、内装材料等々にいたるまで細かい要望が幾度となく市に提出された。その度に回答書を求められたが、しまいには直接来られ、要望が設計に生かされているか、またどういう考えで設計しているかなどを確認された。その後、何度も電話を頂き「音が悪かったら作り替えて頂けるんですか《にはさすがに閉口したが、これは音響設計の重要性について良く認識されていると理解し、ホール建設にかける情熱に敬朊すると共に有難くも思った。完成してみると、とりあえず好評のようで大変喜ばれ、今では旭川に行くと歓待して頂ける。これが好評であったから良かったが、もし悪かったら旭川に二度と立ち入れないばかりか、命さえ危なかったかもしれない。今後は、そのパワーを持ってパイプオルガンの設置運動とホール運営に力をいれていくというお話であったが、とても一市民のお言葉とは思えない。

ホールの残響時間周波数特性
 この音楽堂は、音楽専用ホールとして計画されたが、公共ホールという性格上講演会等のスピーチ明瞭度を求められる催しにも対応できるように、充実した拡声設備に加えて残響を抑える収紊式の吸音カーテンを正面壁全面と2階側壁の一部に設けた。音楽堂の残響時間は図に示すとおりである。500Hzの残響時間の差としては0.3秒程度であるが、正面壁全面の吸音は拡声の明瞭度改善には効果的のようである。また、メインスピーカとして舞台先端上部に吊り下げ型のスピーカシステムを採用した。真白に塗られてはいるが、フレームがかなりごつくデザイン的には無細工でオカマの厚化粧的なところもあるが、式典でのスピーチを聞く限り明瞭度は大変良く、講演会等の催しにも十分利用できる状態となっている。

 開館記念式典当夜、旭川出身のバイオリニスト藤川真弓さんのリサイタルが行われた。驚いたことに正面壁の講演会用の吸音カーテンを下ろしてコンサートを行った。ホールの方の話しによると演奏者がリハーサルでこの状態に決めたという。アマチュアのコーラスや子供のピアノ発表会での利用は予想していたが、正面壁を全面吸音にすることは緞帳の前で演奏をやるようなもので音が前に出て来にくく、プロの演奏家が本番で使うことはないと考えていた。演奏のやりやすさも重要だが、満席の客席にどの様に音が伝わるかということも考えてほしい。で、実際に演奏会がどうだったかと言うと、バイオリンの音は綺麗でとても良かったが、やはりバイオリンの音の生々しさも感じられた。また、ピアノの音が大きく、バイオリンとの音量のバランスがいまひとつ取れてなかったようにも思えた。
 現在、このホールの運営スタッフはホール計画段階から内容を詰めて来られた建設推進部の方々が引き続きやっておられる。これまでの設計の経緯や考え方については熟知されている方ばかりなので使い方などについてはとくにトラブルもなく、また、今後の自主企画についても熱心に取り組んでおられる。これからの盛んな企画運営に期待したい。

○問い合わせ先:旭川市大雪クリスタルホール TEL:0166-69-2000 (小野 朗 記)

東中野教会の音響設備の改善 *高齢者の聴力を考慮した*

東中野教会礼拝堂
 東中野教会はJR東中野駅の西北方の商店街にあるプロテスタントの教会である。高さ約10mの山形の天井をもった礼拝堂は2階にあり、祭壇の対向面には聖歌隊用のバルコニー席が設けられ、そこに辻宏さん建造の10ストップのオルガンが設置されている。残響時間は空席で1.4秒、平坦な特性であり、わが国の教会としては恵まれた響きの空間である。戦後建設された教会の多くが説教の明瞭度で支障をきたしている事例は少なくない。これまでの事例から説教が聞き取りにくいという現象を検討してみると、
   a.電気音響設備が機能していない。
   b.響きが長く、明瞭度を阻害している。
   c.外部との遮音が悪く、外部騒音のために説教が聞き取れない。
 a.の電気音響設備の問題は殆どの教会に共通する問題である。わが国ではヨーロッパの大聖堂のような残響時間が数秒にもおよぶ空間はないから、拡声設備の設計はそれほど難しいことではない。明瞭度がよくないというのは、拡声装置があまりにもお粗末だからで、東中野教会でも家庭用のオーディオ装置のスピーカが使用されていた。
 b.の長い響きというのは教会空間の特色であるが、現在の技術からすれば響きの豊かさと説教の明瞭度とはかなりのレベルで両立させることができる。わが国ではむしろオルガンを設置するにあたって響きを長くしてほしいという方向の相談の方が多い。
 ガラス窓一枚で外部と接している教会では、c.の外部騒音のために説教が聞きとれない、という事例が案外多い。空調設備もなく、夏は窓を開け、扇風機で風をおくっているというのがわが国の大部分の教会ではないだろうか?東中野教会も例外ではなかったが、外部騒音は40ホン代であり、明瞭度を阻害するほどではなかった。

 当教会の関係者から説教の明瞭度の改善について相談を受けたのは昨年の11月である。早速、礼拝に参列し、その実情を体験するとともに、担当者から要望を伺った。その中で、注目すべき課題は高齢者の対策であった。難聴まではゆかないが、聴力の低下によって説教が聞きとりにくいという問題は銀座教会の改善の時にもあった。銀座教会では、たしかスピーカが低い位置にあるバルコニー下を高齢者用の席としていたが、東中野教会では、携帯用のワイヤレススピーカを高齢者の近くに置いて対応していた。明瞭度の障害という中には、信者の高齢化という現実が無視できなくなってきているのである。高齢者は今後増加の傾向にあり、教会側として抜本的な対策を講じてほしいというのが今回の改修の一つの課題であった。

 先にも述べたように、数百人程度の空間の音響設備の設計はそれ程困難なものではない。しかし、礼拝空間の拡声には次のような条件があり、また考慮が必要である。
(1)拡声用スピーカが目だってはならないという制約はコンサートホールと同じである。
(2)音質については、ただ明瞭度がよいというだけでは十分でなく、礼拝空間にふさわしい音質の拡声を目標とすべきである。
(3)これはすべての教会に共通した運用の実態であるが、礼拝とともにすべての装置がONとなり、すべてのマイクロフォン回線が生かされたままで運用される。
 本教会の音響設備の課題は主スピーカの機種とその位置の選定、もう一つは高齢者用のスピーカシステムであった。

高齢者用補助スピーカ
BOSE 101
図 改修前後のスピーカの伝送周波数特性
 主スピーカについては、その音質の点からBOSE401を候補とし、教会に持ち込んで関係者にその外観、音質を確認してもらうとともに、その設置場所についても意見を求めた。最終的には祭壇後部の衝立の両端に設置することとなった。この位置は最適ではないが、実用上十分な拡声利得が得られることが確認できたので、ここに決定した。
 高齢者用スピーカには椅子の背に小型のスピーカを埋め込むシートバック方式が適切であるが、椅子は移動するということからこの方式は使用できず、BOSE101を特殊の金具につけて、会衆席両側のバルコニー席の石の手摺に上手下手それぞれ2台づつ設置した。このスピーカは前後約2m程度移動可能である。この高齢者用スピーカは送りだしレベルを上げ、手元でレベル調整を行うようにしてある。

 改修後の特性はRASTIで0.52~0.62、高齢者用スピーカの側の席では0.73で、安全拡声利得は-9dB ~ -12dB、また、図は改修前後の伝送周波数特性を比較して示したものである。改修後も礼拝に参加し、改修の効果を確認している。
 教会は戦後いち早く復興した建物であるが、それだけに高度成長の中で取り残されたという感が強い。多くの教会が空調設備もなく、音響設備も機能してない。東中野教会はオルガンのある礼拝空間であるが、冷房はなく、夏期のオルガンバルコニー席の暑さは相当なもので、ピッチの狂いにオルガニストは苦労されていた。このような条件の中で教会関係者の真摯な活動には教えられることが多かった。短い期間であったが、ホールでは体験できない貴重なものをこの小さな会堂で学ぶことができたことを感謝している。また、工事にあたって細かい注文にも積極的に協力された東光テレコム社にも謝意を表します。


永田音響設計News 93-9号(通巻69号)発行:1993年9月15日

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