永田音響設計News 90-7号(通巻31号)
発行:1990年7月25日





ホールと地下鉄

 都内のホールにも、交通の便からみて、行きやすいホールもあり、行きにくいホールもある。夕方の交通ラッシュ時のバスははらはらすることが多く、JRや地下鉄の駅前というのが理想である。コンサートの前は気持ちの上で少しでも余裕がほしい。
 ご存じのように、東京、大阪、吊古屋などの大都市では地下鉄網が発達しており、日常の生活にとってはたいへん便利である。しかし、ホールにとって地下鉄はまことに厄介な振動源なのである。草月会館の地下鉄騒音にお気付きの方は多いと思う。とくに、わずかな騒音も許せないコンサートホールではこの対策が音響設計の一つの大きな課題となる。地下鉄振動はホールの配置計画にまで影響するからである。

 建物内外の騒音、振動源を考えてみると、建物の敷地条件に関係するもの、建物内の設備機械によるもの、演奏音のように建物を使用することによって発生するものなどがある。最近とくに問題となるのが、

   (1)地下鉄・鉄道
   (2)ロック等の大音量の演奏
   (3)建物内の設備機械、   などである。

とくに、地下鉄騒音、振動はエネルギーが大きいだけに、その防止は困難である。すなわち、防止対策の規模、スペース、施工性、工期、コストなど、実施についても困難な条件が多く、建築計画への影響も無視できない。また、防止計画にあたって、地下鉄振動の性質、地盤、建物内での伝搬特性、躯体振動からの騒音の放射性状など基礎的な資料が十分でないことも問題を難しくしている。
 ホールが地下鉄に近接して計画される場合、まず、敷地地盤、あるいは近接の既存建物において地下鉄振動および騒音の実態を調査し、その結果をもとに騒音の予測を行う。この調査を施工段階で何度か繰り返し実施し、推定精度を上げてゆく。この推定結果から具体的な低減対策の設計に入るが、実施できる具体的な対策は限られており、その効果には限度があるのが実状である。

 対策は加害者側で実施すべきという騒音対策の原則からすれば、振動源である地下鉄側の対策をまず要請すべきであろう。しかし軌道の防振は安全性からの制約があり、現在では、ロングレールの採用、防振スラブ、防振マットを組み込んだ軌道構造くらいがやっとというのが現状である。その低減効果は5~10dB程度にすぎず、伝搬経路と建物内部での対策が必須の条件となってくる。
 伝搬経路での対策としては、防振溝、連続地中壁などがあるが、その正確な効果はまだ明らかではなく、だいたい5dB前後のようである。また、地下鉄振動の距離減衰は、倊距離あたり、3~6dBと言われており、当然、地下鉄構築から建物をできるだけ離すというのが対策の基本である。

 建物側の対策としては、構造体そのものを絶縁する免震構造、室側で遮音層を防振して支持する浮き構造の二つがある。これらによる低減効果は、それぞれ10~15dB程度との報告があるが、実際には地下鉄振動の周波数によっても異なり、地下鉄が直下の場合には以上の対策を組合わせ実施しているのが現状である。また、既設の路線の上の計画では建物側だけの対策に限られ、15dB前後の低減効果しか期待できない場合が多い。しかも防振構造の施工では、設備との取合い、地震時の安全性の確保等をクリアーしなければならない。繰返すが、ホールをできるだけ地下鉄構築から離すというのが何にも勝る対策である。建物側での対策を実施する場合、施工にあたっての細心の注意と徹底した施工の監理体制が必須であることを最後に付け加えたい。
 参考までに、地下鉄に近接するホールを幾つか示すが、建物側での対処が現状である。(池田覚 記)

地 下 鉄 路 線 上 の ホ ー ル

サントリーホールでの出来事

 ウィーンとザルツブルグのほぼ中間、ドナウ河にそってリンツの町がある。この町から南東へ約20km、ゆるやかな丘の中に1071年創立のアウグスチヌ修道院がある。聖フロリアン村である。ここの礼拝堂に有吊なブルックナーオルガンがある。
 もう十年以上前になると思うが、ウィーンからザルツブルグへのバスツアーの途中、この聖フロリアンの礼拝堂を訪れ、ブルックナーオルガンを聴いた思い出がある。昼の一時であったが、明るい中庭を囲んだ修道院の壮麗な建物と聖堂を充すやさしいブルックナーオルガンの響きが印象的であった。私はここでオルガンと聖フロリアン少年合唱団のレコードを買った。もう一度訪れたいヨーロッパの一隅として聖フロリアンの風光はいまでも鮮明である。この修道院の聖歌隊、聖フロリアン少年合唱団が来日した。

 このような思いの中で7月9日、来日公演の最終日、サントリーホールの演奏会を聴いた。しかし、実に後味の悪い思いが残った。もちろん、演奏ではない。主催者側の見識のなさと一部の聴衆の態度に対しての上快な思いである。
 まず、チケットのもぎりのあと大型のプログラムを手渡された。立派なプログラム、しかも無料とは。主催者側の気配りをうれしく思ったのも束の間、実はこれがニッサン自動車の新車の広告だったのである。あわてて500円のプログラムを買った。このプログラムは車の広告に比べると一回り小さかった。しかし、簡素で充実した内容のプログラムであったことをことわっておきたい。菅野浩和先生の聖フロリアン合唱団の真価という題の紹介を兼ねた記事と、全歌詞の原文と日本語訳だけの内容で、形式的な挨拶文がないのがすっきりしていた。車の広告もこのプログラムの中だったら、印象は全く別だったと思う。確かにお土産つきのコンサートもなくはない。しかし会場の入り口での広告とはあまりにも非常識ではないだろうか?場所もわきまえぬ企業の営業活動、担当者は愛社精神からの発想とは思うが、この種のコンサートにあってはならない行為である。

 もう一つ、上快なことが重なった。演奏中ではないが終わった後、拍手の中のフラッシュである。一階の最前列から数列の客席からのフラッシュの砲列であった。ホール関係者の数度にわたる注意も全く無視したしつこいほどのフラッシュであった。しかも、すべて女性客なのである。音楽会が音楽会だっただけにはらだたしかった。
 いつも思うことだが、いま、日本の会場で繰り返される注意のアナウンス、あのようなアナウンスを必要としない時がきてほしと思う。今月17日の朝日新聞の社説の“音楽界、その栄光と貧しさ”をお読みになった方もおられると思うが、華やかな音楽界も一皮むけば浅はかさが顔をだす。芸術とは別の次元でわが国の音楽活動が支えられていることを情なく思うのである。音楽と人との関係はいろいろあってよい。しかし、現状では本物の音楽の在り方が次第にうすれて行くような気がするのである。ホール側もきりっとした態度を貫いてほしい。

本の紹介

◆“チャイコフスキーコンクール―ピアニストが聴く現代*”中村紘子 著  中央公論社 定価1000円
 中村紘子といえば、わが国ピアノ界で最も人気のピアニストである。この本は著者が審査員として参加されているチャイコフスキーコンクール審査の流れを中心に、国際コンクールを巡る様々な話題を綴ったドキュメント風の読み物である。コンクール現場の生々しい状況、参加者のピアノの演奏から舞台マナーに対してのリアルな批評、審査員の間でかわされている様々な話題、会場につきまとう教育ママ達、コンクールで誕生したスーパースター達を待ちうけている数々の運命、国際コンクールそのものに対しての批判、また、わが国のピアノ教育に対しての見解まで幅広い論が展開されている。この本からうける著者はテレビで拝見する中村紘子さんとは全く重ならないのである。ベートーベンのディアベリ変奏曲のように密度の濃い内容である。
 まず、はじめに、第一回のチャイコフスキーコンクールで優勝したヴァン・クライバーのサクセス・ストーリーとその人気の中で精神的にも肉体的にもほころびていったヒーローの運命の記述がある。国際コンクールにつきまとう裏街道を暗示している。ツーリストと呼ばれている国際コンクールを渡り歩いている集団がある。アメリカと日本からの参加者である。批判的な声の中で、いや、彼らは自分の演奏を真剣に聴いてくれる場を求めてコンクールをめぐっているのですよ、現在、真剣に音楽を聴いてくれる聴衆は審査員しかいない……などという影の話題もある。本書は1989年度の大宅壮一文学賞のノンフィクション部門を受賞している。

NEWSアラカルト

◆水戸芸術館その後の活動
 貸し館事業はしない、市の予算の1%を会館の運営費にあてる、など思い切った運営方針でホール界の話題をさらった水戸芸術館であるが、5月14日のオープニングシリーズを終了してから、これというコンサートの報せもなく、案じていた。学芸員としてオルガニストを抱えながら、オルガンコンサートもなく、松本のハーモニーホールとの違いをはがゆく思っていたのは私だけではない。しかし今月になって、やや明るいニュースが届いた。水戸芸術館News1990、Summer vol.2である。Newsによれば6月にはピアノリサイタル2回、7月にはオペラ・アリア・フェスティバル、水戸芸術館らしい催し物としては安永徹のヴァイオリン・クリニックがあり、8月には中村紘子の公開ピアノ・レッスンが予定されている。地元音楽界との関係が心配されていただけに、このような形で市民のためのホールとしての姿をとりもどしてほしいと思う。しかし、まださびしい。秋のシーズンの活躍を期待している。
 コンサートの問い合わせ:0292-27-8118、チケットの予約:0292-31-8000まで。

◆第3回コイノスコンサートのご案内
 今年の3月21日、小塩節先生の講演で始まったコイノスコンサート第3回のプログラムが決まった。講演はNHKの市民大学でバロック音楽の講座を担当された礒山雅先生、演奏は芸大、桐朋音大関係者を予定している。
 4月のNewsでもお知らせしたように、礒山先生は大阪のいずみホールの音楽アドバイザーとして、ユニークな企画でホール運営を試みていられる。一般のコンサートとは一味違った夕べが期待される。皆様のご参加をお待ちします。
 なお、チケット(3500円)は永田事務所でも斡旋致します。
  日 時:1990年9月15日(土)18時30分
  場 所:バリオホール文京区本郷1-28-4
  講 演:モーツァルトの愛したウイーン
  曲 目:モーツァルト/弦楽のためのセレナードほか




永田音響設計News 90-7号(通巻31号)発行:1990年7月25日

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