永田音響設計News 90-1号(通巻25号)
発行:1990年1月25日





富山市民プラザのオープン

 富山市民プラザは、市制100周年記念事業の一つとして計画され、昨年12月にオープンした。計画・設計は敷地周辺整備等の基本構想の段階から槇総合計画事務所が、施工は佐藤工業・鴻池組・地元3社のJVが担当した。永田事務所は実施設計の段階からクラシック音楽専用ホールであるアンサンブルホール、小劇場やジャズダンスなどに使われるマルチスタジオ、音楽練習室の音響設計全般ならびにビデオ編集室のビデオ設備の設計を担当した。

■建物の概要
アンサンブルホール
 この施設は富山城跡公園の南側で、県庁、市役所、美術館などが集中している市の中心部であり、また総曲輪と呼ばれる富山で最も賑やかなショッピングモールにも近く、商業文化施設としては最適な場所に建てられている。敷地は約6000m2、建物はホール棟、ギャラリー棟、ラーニングセンター棟の3棟で構成されており、中央のアトリウムでそれぞれの空間が繋がっている。ホール棟にはアンサンブルホール、マルチスタジオ、音楽練習室、ビデオ編集室、AVスタジオといったパフォーマンスのための空間が、ギャラリー棟には市民ギャラリー、企画展示室といった展示空間が、またラーニングセンター棟には市で運営する外国語専門学校、社会教育センターなどの芸術活動や教育のための施設がそれぞれ配置されている。1・2階部分には民営のカフェ、レストラン、書店、フィットネススタジオ、スイミングプール、画廊などがあり、さらに賑わいをもたせている。

■アンサンブルホールへのアプローチ
 敷地の全面道路は欅の街路樹とモダンなデザインのシャープな形状の池、街路灯などが並ぶモール化された通りとなっており、市民プラザと一体にデザインされている。導入部として前庭があり、建物の中に抵抗なく入ることができる。
 エントランスホールからエスカレーターで2階に上がると、正面にこの建物の中心となるアトリウムの空間が広がる。その開放感と共にトップライトから注がれる自然のあかりには訪れた人の心を高揚させる効果があり、さらにガラスで囲われた階段を上がっていくと壁は4階部分での外部の窓となる。そこから外を見ると、遠く立山連峰を眺望することができ、夜には星空が広がる。ここがホール棟の最上階、アンサンブルホールのホワイエとなる。
 藤江和子氏デザインのベンチに目を奪われながらホールの扉を開けると、そこにはまた劇的な空間が広がる。308席のこじんまりとしたホールだが天井高が約12m、木質系の床と腰壁に真っ白な壁と天井、包み込まれるような室形状が落ち着きを感じさせる。このような導入部の演出も良い音楽を聴くために非常に重要な要素であることをあらためて考えさせられた。

■音響設計

 本施設の音響設計としては次の二つのポイントがあった。
一つはアンサンブルホールに対して抱いている槇文彦氏のデザインイメージと室内音響条件との融合をどうするか、そしてもう一つはアンサンブルホールと下階のマルチスタジオおよび練習室との同時使用を可能にするためには遮音構造をどのようにしたらよいか、ということである。
 アンサンブルホールの最終的な形と内装材料が決まるまではかなりの時間がかかった。このホールに対して槇氏は、大きい面で構成された一体感のある包み込まれたような空間をイメージされ、津田ホールの天井形状が内側に凸面であるのに対し、このホールでは内側に凹面の天井にしたいという要望が出された。音響上はむしろ前者の方が好ましいが、コンピュータシミュレーションなどを用い、できるだけ形のイメージを守りながら、音響条件をなるべく良くするような天井・壁面の形の条件を提示した。現場管理の段階においても、現場事務所で槇氏の抱くホール空間のイメージとスタッフの意見、それに我々の要求する音響上の条件をもとにスケッチを描いていかれた。スタッフの方々がそれを図面化し、1/30縮尺模型をつくり、それを見ながら修正を加えるという作業を繰り返した。当方も幾度か現場に行き、模型を前に槇氏と直接打ち合わせを行い形を決めていった。最終的に決まったホールの断面形と残響時間の最終測定値を下図に示す。
 もう一つのポイントであったアンサンブルホールとマルチスタジオおよび練習室間の遮音については、コンクリート浮き床と石膏ボードの多層張りの防振遮音構造を採用することにより、室間の遮音性能は90dB(500Hz)程度得ることができた。

   津田ホールの断面形       アンサンブルホール       アンサンブルホール  
                  実施設計段階の断面形       最終段階の断面形    

 室容積=2,700m3 室内表面積=1,227m2 客席数=308席 残響時間=1.4秒(500Hz/空席)

■今後のホール運営について
 このような市民が手軽に利用できるグレードの高い音楽ホールが地方にも多く建てられていくことは地域の文化活動を盛んにしていく上でも望ましいところである。しかしながらこういったホールが文化施設となるか、あるいはイベント集会施設になるのかは建築の問題ではなく運用側、すなわちソフトの問題だと思う。
 地方都市における公共ホールの役割として年に1~2回行う自主事業のコンサートと、音楽のおさらい会の場を提供することだけが地方の文化事業ではなく、ホールを運用される方々の今後の活動がこのホールを文化施設にしていくのだと考える。(小野 朗 記)
 富山市民プラザ連絡先:富山市大手町6番(tel:0764-93-1313)

大泉文化むらのコンサート活動

 大泉町は関東平野の中央、足利市(栃木県)と熊谷市(埼玉県)のほぼ中間にある豊かな町である。昨年の5月、この町の発足30年を記念して“文化むら”が建設された。この施設は生涯学習センターと呼ばれる大小ホール、研修室を中心とした施設と明治の大農家を移設した資料館の二つで構成されている。一般の公共施設と違う点は、竹村真一郎氏(坂倉建築設計事務所在籍)というプロデューサーによって施設の計画が進められたことである。小さな町の施設ではあるがコンサートホールが生まれたことも氏の構想のたまものである。
 この施設の看板である大ホールは側壁に浅いバルコニーをもったワンフロアーの長方形のホールで天井は山型である。一階席の幅は16m、天井高20mの空間に客席数は808席、一席あたり15m3という室容積が確保されている。コンサート以外の催し物への対策として、緞帳や照明器具を組み込んだ走行式のぶどう棚が設けられ、これがホールのステージから後壁まで移動する。これは建築設計を担当された唐沢努氏のアイデアである。

 オープン以来このホールではピアノ、チェンバロ、ヴァイオリン、チェロなどのリサイタル、合唱など室内楽を中心とした活動が続けられている。20日には“文化むら”のニュー・イヤー特別企画として、ヴァイオリンの古澤巌氏を中心とした弦楽アンサンブル、それに小林道夫氏のチェンバロを加えた豪華なコンサートが行われた。
 両毛線の足利駅からタクシーで30分。どこまでいっても平らな畑の中を走って大泉町につく。もう演奏が始まっていたが、遅れた来場者への係の方の対応は実にゆきとどいており、親切であった。ただ、ロビーに流れるスピーカからの音が大きすぎるのが気になった。
 ホールの残響時間は満席の推定値で1.7秒、低音がややもちあがった特性である。そのせいか落ち着いた響きの中で分離もよく、ピアノから弦楽器までうまくカバーしているように思えた。席はやや前よりの中央席で、しいていえばヴァイオリンに対してちょっと“張り”というか、輪郭がほしいと思った。多分高い天井のせいであろう。チェンバロなどは申し分がなかった。響きの上では実にバランスのとれたホールである。
 感心したのは来場者の質のよさである。みんな、本当に一時を楽しんでいるという雰囲気であった。東京のホールで開演前にかならず繰り返される注意のアナウンスがないのも心地よかった。演奏後のフラッシュもなく、暖かい拍手だけが出演者に注がれた。ロビーにはワインとコーヒーのコーナーも設けられ、館の方が町の方と一緒になってサービスに努められているのが気持ちよかった。

 古澤氏のリサイタルは私としては初めてである。語りが入り、クラシックコンサートの堅苦しさから解放される。それに、照明設備を駆使した演出も行われた。好みの問題であるが、あまりショー的になるのはどうであろうか?オーバーな演出はクラシックにはなじまない。むしろあの空間のステージには花がほしかった。
 大泉町は東京から車で3時間。土日の行楽を兼ねてのコンサートには格好の場所である。どうかよい企画と共に暖かいサービスを続けてほしい。

NEWSアラカルト

◆いずみホールと水戸芸術館オープニングプログラム決まる
 今年の春、関東と関西に新しいコンサートホールがオープンする。大阪ビジネスパークのいずみホールと水戸の芸術館のコンサートホールである。いずみホールは850席のシューボックス型、水戸の芸術館のホールは744席の扇形の平面型のホールである。
 この二つのホールは中型ホールとして建築的にも特色あるホールであるが、これまでの施設と大きく異なっている点は、いずみホールでは音楽アドバイザーとして礒山雅氏を、水戸芸術館では館長として吉田秀和氏を起用している点である。
 発表されたオープニングプログラムによれば、いずみホールでは“音楽の原点への旅シリーズ”として第一夜「儀礼を彩る管楽器《、第二夜として「教会に立ちのぼる祈り《、“フォルテピアノシリーズ”といった礒山美学を打ち出した企画が続いている。これに対して水戸芸術館では小澤征爾氏のもとで新しく結成された水戸室内管弦楽団の演奏を中心に、内外の演奏家、地元の演奏家が加わる。それに片や大阪という大都市の中の民間のホール、片や水戸という風土の中の公共のホールである。今後の歩みが楽しみでもあり興味がある。

◆札幌交響楽団のサントリーホール公演
 札幌交響楽団、いわゆる札響のアンサンブルの美しさについてはNews1989年3月号に豊田が報告したとおりである。来る3月31日(土)19時より秋山和慶氏の指揮、中村紘子さんのピアノで行われる。曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番とシベリウスの交響曲第2番である。地方の方はご希望があればチケットを永田事務所でも斡旋します。

◆コイノスコンサートのご案内
 コイノスは東京近郊の町田市にお住まいの音楽家、松田紀久子さんを中心とする研究グループの吊前である。コイノスとはギリシャ語で異質なものが混ざり合うという意味とのこと。
 松田さんは若い音楽家の育成を目指して3年前からご自宅の小ホールを演奏の場として提供され、コンサートと共にいろいろな分野の研究発表や講演を聴く会を続けておられる。その活動は昨年12月12日の朝日新聞にも紹介された。
 今年はその輪を広げたいとのご意向から都内ホールで開催することが決まった。第一回の会合は講師としてドイツ文学の小塩節先生をお迎えして3月21日春分の日の夜、東京赤坂のOAGホールで行われる。なお当日は、ウィーン在日代表部よりワインの差し入れがあるとのこと。どうぞ休日の夕べ、お誘い合わせの上ご来場下さい。
 お問い合わせは0427-25-4857松田まで。なおチケット(3500円)は永田事務所でも斡旋いたします。
  日時:1990年3月21日(水・春分の日)18時30分より
  場所:東京赤坂OAGホール(港区赤坂7-5-56;草月会館裏)tel:03-3582-7743
  プログラム 講演:ウィーンの魅力について 小塩 節先生
        演奏:テレマン/リコーダーのためのパリ四重奏曲ニ短調
           ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ
           ヴォルフ/歌曲集 ほか


永田音響設計News 90-1号(通巻25号)発行:1990年1月25日

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