永田音響設計News 91-6号(通巻42号)
発行:1991年6月25日





最近の音場シミュレータ

 “設計の段階でホールの音が聞けたら”という夢の実現をめざして開発が続けられている「音場シミュレータ《の現状を紹介したい。音場シミュレータとは、電気音響的に反射音や残響音をつくり、ホールの音場を合成する方式、あるいは設備をいう。いくつかの方式のうち、後で紹介する多チャンネル合成方式は、約30年前にゲッチンゲン大学のマイヤー教授の実験室に設置され、実際に音場の心理評価実験に使われてきている。ここにきて、日本でもとくに各建設会社の技術研究所が、主としてデモンストレーション用に同じような音場シミュレータを相次いで発表した。こうした“流行”は最近のコンピュータの高性能化やディジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)が利用しやすくなったことによるところが大きい。
 海外でも、音場シミュレータの研究・開発が盛んで、"Auralization"(可聴化)なる造語も生み出されている。今秋に開催されるAESコンベンションでも、このテーマを取り上げた特別セッションが企画されている。
 最近の音場シミュレータには、大きく分けて二つ方式がある。一つは、ホール内のある座席に到来する音の方向別情報(方向別インパルス応答)を計算・予測し、試聴室内に多数配置したスピーカから、各方向の反射音情報を反映した(畳み込んだ)音楽を再生する多チャンネル合成方式である。AV機器の周辺装置として出回っている音場コントロール装置を多チャンネル化して組み合わせたものと考えればわかりやすい。違うのは、響きの少ない室で録音された音楽ソース(ドライソース)を、響きの少ない試聴室(無響室)で再生することである。

 実際の合成に使われるインパルス応答は、初期の数十本の反射音に後期の残響音の尾ひれが付いた形をしており、初期部分の反射音の計算にコンピュータシミュレーションが用いられる。ステージ上の音源からある座席までの音の反射経路をたどり、いくつかに分割された方向毎に反射音の到来時刻とその強さが計算される。実はこの段階ですでに多くの仮定や割り切りが行われている。たとえば、音の入射方向による壁・天井・客席の吸音特性の違いや、音の“波”としての性質はどう考慮すればよいのかなど、シミュレーション計算の精度について、見極めがなされないままに、音場シミュレータの構築に進んでしまっている。また、空間を幾つに分割すれば十分なのか、この点もまだ検討されていない。スピーカの数を増やしていくと、相互の反射の影響が懸念される。

 さて肝心の音についてであるが、二、三の体験からの印象では、それらしい響きは感じるが実際のホールでの生の音にはほど遠いという印象である。各スピーカが聴取位置の近くにあるために、どうしてもスピーカを意識してしまう。大きさのかなり違う二つの室の区別など相対的な比較はできるが、絶対的な条件の違いを評価できるかどうかは今の段階では疑問である。
 現在手に入るドライソースは、楽器から見て特定な一方向の音である。これをすべての方向のインパルス応答と畳み込んだら、実際とは違ったものになるのも当然であろう。また、点音源を仮定しながら、指向性の鋭い楽器や、音源が広がって分布するオーケストラのドライソースを畳み込むなどは、かなりの無理がある。
 もう一つの方式は、人間の両耳位置に到来する音の情報(両耳へのインパルス応答)を計算・予測(測定)し、ドライソースを畳み込んで試聴するバイノーラル方式である。ホールの音響模型実験では、この方式による試聴がよく行われる。

音場シミュレータの概要

 サントリーホールの1/10模型実験の頃はまだ、コンピュータ、ディジタル機器が高価な時代で、テープレコーダのスピード変換を利用して、ドライソースを10倊のスピードで模型内に直接再生、これをダミーヘッドで収録し、元のスピードにもどして再生・試聴していた。最近の東京芸術劇場の模型実験では、コンピュータを利用して、両耳へのインパルス応答の測定とドライソースとの畳み込み[ハイブリッドシミュレーション(東大生研)]を試みた。
 我々の実験では、バルコニー下とそうでない席の違いなど、はっきりした条件の差は区別できるが、微妙な条件の違いや絶対的な評価がどの程度できるかについては上明な点が多い。また、この方式による試聴は実際のホールのステージ上の無指向性スピーカからドライソースを再生して聴いている状態に相当している。一般的な傾向として生の演奏音に比べてやや響きが多いという印象をうけるのも、このような聴取条件の違いによるものと思われる。以前のテープレコーダをスピード変換に用いていた方式では、まず、S/Nが悪いことが試聴の大きな障害であったが、この点はコンピュータを利用することによって、かなり改善されている。

 いずれにしても、今のシミュレータは“それらしい音”が聴けるようになった段階で、これを音場の絶対的な評価を行なえるレベルに発展させるためには、明確にしておかなければならない点が数多く残されているようである。そしてそのためには、評価する我々が明確な評価基準を持つことが最も重要ではないだろうか?これまでに行われてきた音場評価の心理実験でも、評定者がどういう基準を持っているか、また持つべきかの論議はあまりなされていないように思われるが。(小口恵司 記)

マロニエプラザの音響改善

 マロニエプラザの愛称で親しまれている栃木県立宇都宮産業展示館はJR宇都宮駅から約1km東方にある大型展示施設である。床面積3,105m2の大展示場を中心に、小展示場、屋外展示場などで構成されている。この種の施設にありがちなのは音の問題で、スピーチが聞き取れないという基本的な音響障害は、マロニエプラザ開館と同時に問題となった。音響改善の可能性、工事規模とその効果などについてこれまで県側からいろいろ相談を受けていたが、昨年やっと工事予算が認められ、改修の運びとなったのである。

 問題の大展示場は間口45m、奥行き69m、天井高10.3m、室容積30,700m3という直方形の大空間である。吸音処理はまったくなく、天井には空調機8台が露出の状態で設置されており、しかも、スピーカシステムとしては天井面に2台という、音響的にまったく配慮のない状況であった。
 その結果、空室の残響時間は中音域で約7秒、室内騒音はNC-54、スピーチはスピーカ直下しか聞こえないという集会にはまったく用をなさない音環境であった。
 音響改善工事の内容は下記のとおりである。

  (1)天井、壁面の吸音処理
  (2)天井空調機の遮音と吸音ダクトの設置
  (3)電気音響設備の全面的な改修

 改修工事の実施設計は昨年の10月から12月に、現場工事は3月から6月にかけて行った。工事検査を兼ねて音響特性の測定を終えたのが今月の15日であった。改修前後の音響特性を比較して次に示す。


NEWSアラカルト

◆水戸芸術館の催しものから
 6月29日(土)18:30開演「仲道郁代ピアノリサイタル《
   出 演:間宮芳生,仲道郁代
   曲 目:シューマン“クライスレリアーナ”
       ショパン“24の前奏曲”

 6月30日(日)14:00開演「音楽講座第一回《
   講 師:畑中良輔
       ブル先生のおもしろ声楽講座
 7月13日(土)18:30開演
 7月14日(日)14:30開演
   出 演:モスクワシアターオペラ 公演
問い合わせ:水戸芸術館 Tel:0292-27-8118まで

◆松本ザ・ハーモニーホールの催しものから
 6月18日(木)18:30開演
   出 演:ライナー・キュッヘル ヴァイオリンリサイタル
   曲 目:モーツァルト、ウェーベルン、プラームスのヴァイオリンソナタから

 7月27日(土)18:45開演
   出 演:レーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団
   曲 目:パレストリーナ、モーツァルト、シューベルトの作品から
問い合わせ:松本市ザ・ハーモニーホール Tel:0263-47-2004まで


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