永田音響設計News 89-9号(通巻21号)
発行:1989年9月25日





中小コンサートホールとその動き

 最近、地方都市にもすばらしいコンサートホールが建設されユニークな活動をしている。今月はこれらのホールの紹介を兼ねて、今後の中小ホールの問題を考えてみたい。
 地方のコンサートホールとして最初に脚光を浴びたのは、1981年宮城県の中新田町に誕生したバッハホールである。まだ多目的ホール全盛のさなかに、東北の田舎町にオルガンを備えたコンサートホールを計画されたのは当時の本間町長(現宮城県知事)の卓見である。オープン以来自主企画で質の高いコンサートを続けており、東京や仙台からのファンも多いと聞いている。
 7億5000万円という建設費は当時の公共施設としても最低のレベルではなかったかと思う。大理石も豪華なシャンデリアもないホールであるが、音楽を聴く雰囲気をもった素朴なホールである。筆者も何度か演奏を聴いたが、響きは暖かく素直である。
 私どもが関与した地方のホールの中で地元の方にも、また内外の演奏家の方にも評判がよいのが、松本市のザ・ハーモニーホールである。今年の秋もウィーン・アカデミー・アンサンブル、カンヌ管弦楽団、N響メンバーによる室内合奏などのトップクラスの演奏のほかに、市民合唱団の定期演奏会、オルガンのレクチャーコンサートなど地元と結びついた地道な活動を続けている。また、新潟市の音楽文化会館は地元の音楽団体と密接な関係の中で、練習室の増設などを積極的にとりあげ、独自の活動をしている。

 これらのホールの評価を支えているのがホール事務局の姿勢である。現在の技術力と経済力をもってすれば、コンサートホールの建設そのものには大きな問題はない。問題はオープン後であり、企画・運用・サービスという人間的条件が決めてとなる。しかも1000席以下のホールでは採算は基本的に難しく、一流演奏家を呼ぶとなると当然、自治体からの補助に頼らざるをえない。しかし会館直後は別として一流の音楽会でも客が集まらず、補助が批判され、貸しホールへと転落してゆく例が少なくない。自治体の姿勢、組織としてのバックアップも大事であるが、決め手になるのが館長を中心とするホール事務局の人材である。
 ザ・ハーモニーホールや新潟の音楽文化会館を見学される方には建物だけではなく、ぜひ事務局の雰囲気を見て欲しいということを勧めている。
 最近は水戸の芸術館や大阪のいずみホールのように、計画段階から専門家による運用体制が組織され、企画が先行する形のホールがあらわれてきた。これは注目に値することである。水戸芸術館の館長は音楽評論家の吉田秀和氏、いずみホールの音楽監督は音楽美学の礒山雅氏、いずれも音楽界を代表する方々である。いずみホールは民間であり、礒山美学を芯にした運用が期待できるが、公共施設では大御所といえどもがんめいな議会や地元の間に入ってはたしてどこまで個性を活かした企画・運用が続けられるのか、問題は多いであろう。しかしトップが大物であればあるほど、スタッフの人格と能力が問われることはいうまでもない。

 水戸ではホールの運営に関して、水戸方式という画期的な方針が市長の決断で打ち出された。これは市の全予算の1%をホールの運営にあてるというもので、専属のオーケストラの結成もすすめられている。オープンは来年の3月である。水戸ではぜひとも今後のコンサートホール運用の一つの理想像を明示してほしい。
 中小ホールの活性化への道として、いくつかのホールがネットワークを組み、共同で企画を行い、すぐれた演奏家を呼び、また将来の音楽家を育てるという構想が最近急速に具体化に向かいつつある。
 この具体的な動きとして9月16日、広島県瀬戸田町のベル・カントホールで全国ホールのネットワーク作りを目指して、“明日の中小ホール”をテーマとした初めてのシンポジウムが開催された。資料によれば参加者は全国の公共団体・ホールから201吊、それに音楽家、評論家などの代表が集まり、なかなかの盛況だったらしい。国際的なホール運営者の組織“ispaa” ( international society of performing arts administrations,inc. )の国内版である。聞くところによれば、音楽事務所の姿勢に対しての批判が浮かびあがったとのこと。たしかに世界一高いわが国の入場料だが、ショービジネスの国際組織の傘下に入らなければならない事情の中で地道な活動をしている音楽事務所もある。将来のネットワーク作りには音楽事務所との協調が一つの鍵となるであろう。音楽愛好者の一人として、よい演奏がほどほどの値段でしかも、全国の特色あるホールで聴けることを切に望んでいる。

 現在、全国の中小ホールはちょっと調べただけでも20を越す。資料として決して十分ではないが、ホールの諸元、連絡先を次表に記す。

地方の中小ホールリスト

※3M-1P、46Sは3段手鍵盤+足鍵盤、ストップ数46を表す。


 大都市の大型のコンサートホールとともに、地方都市の中小のコンサートホールは静かなブームを呼ぶであろう。ホール計画にあたって参考となる事項をまとめてみた。

 (1)ホールさえ造ればなんとかなる、という時代は終わった。コンサート専用のホールとしても、いろいろなタイプが考えられる。
 どのような運営をするのか、そのためにどのような性格のホールとすべきか、その方針を明確にした上でホールの計画に着手すべきである。
 ホールの企画運営というのはだれもが素人であるから、その道の専門家をコンサルタントとして参加させるのはよいが、この専門家の人選は慎重にすべきである。有吊人指向も悪くはないが、むしろ影になって動ける人が大事である。
 (2)専用コンサートホールとしても、他の催し物への対応は十分考えておくべきである。コンサートホールといえどもちょっとした工夫で本格的な演劇を別にすれば、かなりの演目に対応できる。考えられる催し物としては、講演会、講習会、式典、舞踊、ポピュラーコンサート、ファッションショー、映画会、バンケットなどがある。
 (3)中小ホールの基本的な条件は客席数である。これはホールの性格・運用に密接に関係するので、慎重に検討すべきである。大きいことは必ずしもよいことではない。
 (4)コンサートホールはどちらかといえば、お金のかからないホールである。大理石も豪華な絨毯も上要である。予算を切り詰めてでも、運用の資金に回すくらいの姿勢がほしい。
 大事なのは質の容積・形状・材料について音響条件に素直にしたがってほしいことである。
 (5)音響特性の基本は“静けさ”である。遮音と空調騒音の低減には妥協しないでほしい。
 (6)付属室として楽屋や楽器庫とともに、独立して使用できる2~3の練習室が上可欠である。
 (7)開始のベル、チャイム、場内のアナウンスなども質の高い音であってほしい。
 (8)企画・運用・サービスは人である。ホールの好きな方を担当者として選ぶべきである。
 (9)オルガンの導入、なかでも機種選定は大きな問題である。これはという方式はまだない。
 (10)おわりに、建築設計者としては音楽に対してバランスのとれた見識をもっているか他が望ましい。音楽に対しての感動体験のない方、また偏狭な音楽ファンも避けたい。

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◆これからの劇場空間へ向けて―聴衆から空間へ、小林洋子さんの論文
 筆者の小林洋子さんはカーネギーホールが改修されたと聞くや、すぐニューヨークに飛んで行くといったコンサート狂いの建築家である。ホールや劇場の在り方を新しい角度から、とくに社会との結びつきの中でとらえてゆくことに情熱を燃やされている。
 この小林さんが雑誌“建築文化”9月号「特集:ホール建築から劇場文化へ《という表題で最近のわが国の聴衆について分析し、面白い記事を載せている。
 本来のコンサートゴーアーからステイタス派、教養派、義理派、ミーハー、カルチャーオバタリアンまで登場し、九つのグループについて、好むコンサートから客席での態度などについて論評されている。今後のホール計画にたいへん参考となる。また読み物としても面白い。一読をお薦めする。

◆二つのオルガン
 東京近郊の二つの学園に特色のあるオルガンが設置された。一つは八王子郊外、東京純心学園の江角記念講堂(820席、残響時間空席時2.2秒、1984年2月オープン)に創立25周年を記念して、カサバンフレールの3段鍵盤31ストップのオルガン。もうひとつは武蔵小金井市に今年7月にオープンした東京サレジオ学園ドンボスコ記念聖堂(160席、残響時間空席時4.6秒、1989年7月オープン)に辻さんの作品第48号の2段鍵盤16ストップのオルガンが設置された。
 江角記念講堂のオルガンは、同校オルガン科の主任教授酒井多賀志氏の使用によるロマン派の性格の濃いオルガンであり、一方ドンボスコ記念聖堂のオルガンは、イタリア式を、というサレジオ会の希望により制作された18世紀イタリアの楽器を基調にしたオルガンである。
 幸いにもサレジオ学園では7月16日のオルガン奉献式の日に、純心学園では翌17日にオルガンを聴く機会を得た。
 サレジオ学園での演奏は奉献式というだけあって立ち見ができるほどの盛況で、残響時間空席時4.6秒という空間の響きはすっかり色あせてしまい、古今の吊曲をとり上げたピネスキー教授の演奏でも、辻オルガンの音をじっくり確かめることができなかった。曲目にもよるのであろう、岐阜の美術館で聴いたイタリアバロックのオルガンの方がずっとイタリアの薫りを響かせていたように感じた。なお、サレジオ学園では今月の30日にオルガンコンサートが開催される。詳細は学園(Tel. : 0423-21-0312)まで。
 純心学園では酒井先生のご厚意で、ご自身の作品を含むいくつかの曲を聴くことができた。ロマンチックな傾向の強い色彩の豊かな楽器であった。
 中央線沿線の東京の西郊には私の知る限り武蔵野市民文化会館のマルクーセン、国際キリスト教大学のリーガー、国立音楽大学のベッケラート、少し遠くなるが聖グレゴリオの家のアーレント、武蔵野音楽大学バッハ・ザールのクライス、それにこの二つのオルガンを加えると、この地域だけでもいろいろなオルガンを体験できる。さらに都内の大型、中型のオルガンを加えれば、国際オルガン会議も可能なのではないだろうか?
 よいオルガンとともに人が育ち、よいオルガン音楽が生まれることが楽しみである。

◆演出空間技術協会(仮称)の発足準備すすむ
 わが国の劇場技術の組織として昭和44年日本劇場技術協会が設立され、戦後のホール計画・建設・運用に大きな貢献をしてきた。機関誌劇場技術は今年の4月で80号を迎えている。しかしその他の音響関係の団体と同じように、最近ではこの協会の活動も行き詰まり、何度も脱皮が叫ばれながらずるずると今日を迎えてきた。
 一方劇場界では第二国立劇場、大型イベントホール、専用ホールの建設など市民会館の時代から新しい時代に入っている。また国際的なソフトの面の交流も頻繁に行われている。このような事態を背景に昨年以来、劇場工学研究所ほか有志を中心に、新しい劇場技術集団の結成が検討されている。
 企業としてはこれまでの劇場コンサルタント、建築設計、施工、舞台設備設計施工の各企業の他に、三菱重工業、石川島播磨、ソニー、東芝電材などの大型企業の参加が確定している。
 新協会は通産省を所轄官庁とする法人組織として平成2年に発足の予定である。



永田音響設計News 89-9号(通巻21号)発行:1989年9月25日

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