静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 12-02号(通巻290号)

発行:2012年02月25日

カンザス・シティ新コンサートホール =最初の定期演奏会=

カンザス・シティ交響楽団による演奏風景
カンザス・シティ交響楽団による演奏風景

 本ニュース288号(2011年12月)でもお知らせしたとおり、米カンザス・シティの新しいパフォーミング・アーツ・センターのうち、約1,600席収容のコンサートホール(Helzberg Hall)において、カンザス・シティ交響楽団 (Kansas City Symphony Orchestra)による最初の定期演奏会が昨年9月23日から25日にかけて開催された。指揮は音楽監督と首席指揮者を兼任するマイケル・スターン、3日間ともに曲目は以下のとおりである。

  • ストラヴィンスキー : 「花火」
  • ベートーヴェン   :  ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
  • チェン・イー    : 「Fountains of Kansas City」(世界初演)
  • レスピーギ     : 「ローマの松」

 ストラヴィンスキーの小品に始まり、今や大人気のエマニュエル・アックスによる「皇帝」、休憩をはさんで委嘱作品の世界初演、そして最後は多彩なオーケストレーションで構成される「ローマの松」で締めくくられ、非常にバラエティに富んだ、最初の定期演奏会としては実に申し分の無いプログラムが用意されていた。

平面図
平面図

断面図
断面図

Helzberg Hallの残響時間周波数特性
Helzberg Hallの残響時間周波数特性

 Helzberg Hallの設計にあたっては、オーケストラ用のステージをブロック分けされた客席が取り囲む、ヴィニヤード型のホール形状が採用された。各客席ブロックのあいだには段差を設け、それらの壁が音響的に有効な反射面となるよう、傾き等を工夫している。

 客席全体の平面形状としては楕円形に近い。音響デザインとしては非常に難しいこの基本形状を実現させるため、客席内の大きな壁の表面については音響上透過とみなせるようなルーバー仕上げとし、その背後に凹凸を付けて反射音の集中を防いでいる。

 ホール両サイドの壁全面には、木製のルーバーとプラスティック系のネットを組み合わせたものが取り付けられており、その背後には連続した隆起を配置した。また、施設の外観を想起させる印象的なステージ背後のホール正面壁は、細かな金属ルーバーに覆われた非常に大きな凹面であるが、パイプオルガンの部分を除いては、ルーバーの背後に階段状の凹凸を付けている。

 本ニュース240号(2007年12月)にて紹介した1/10縮尺の音響模型を使った実験や、実寸模型の確認などを通して慎重に検討を重ねた結果、障害となるエコーや音の集中などが起きないことを最後に確認している。中音域(500Hz)における残響時間の測定値は、空席時に2.3秒、満席時の推定値が2.1秒となっており、低音域がやや長めで暖かみのある響きを実現した。

 筆者は3日間の演奏会を通して、メインフロアの中央付近、バルコニー席およびサイドバルコニー席で、素晴らしい演奏を聴くことができた。オーケストラのクリアーな演奏音と豊かな響きを十分に堪能したのは言うまでも無いが、ステージ上のオーケストラをいろいろな角度から眺め、またそれを取り囲む満席の聴衆の中に居る臨場感を短期間のうちに次々と味わえたことも大きかった。

 「ローマの松」の曲中では通常、ステージ以外の場所に配置されたバンダと呼ばれるミュージシャンたちが活躍するが、今回はサイドバルコニー上部にトランペットとトロンボーンが左右に分かれ、ホルンはなんと正面壁のパイプオルガンの演奏台に配置されていて、視覚的にも大変楽しかった。また、途中に出現するナイチンゲールの鳴き声は、ステージ背後のルーバー壁の裏に設置されたスピーカから再生されており、これは逆にいったいどこから聞こえてくるのか最初はわからず、大変効果的であった。以上は、このホールの特長を最大限に生かした演出だったように思う。

 大成功に終わった最初の演奏会に引き続き、ホールでは次々とコンサートが開催されている。このスペクタクルなコンサートホールが、この先も末長く人々に愛されることを願う。(菰田基生記)

HP : http://www.kauffmancenter.org/


街並みに馴染むかたち−真壁伝承館(茨城県桜川市)−

まかべホール断面図
まかべホール断面図

 茨城県桜川市真壁町にホール、図書館、歴史資料館、会議室などが含まれる多目的複合施設、「真壁伝承館」が昨秋オープンした。真壁町は筑波山の北側に位置する茨城県の中部の町で、国の指定史跡である真壁城に付属した集落に起源を持つ古くからの町である。近世後期から近代にかけての伝統的建造物が数多く残り、国が伝統的建造物群保存地区として指定している地区を持つ。施設はその地区内に建設された。プロポーザルで選ばれ設計を担当した"設計組織ADH"は「伝統的建築物の町にふさわしいデザインを目指し、プロポーザルの段階から周辺地域の特徴的な建物のプロポーションを"サンプリング"し、敷地や施設の形に合せて"アセンブリー"する新しい景観建築の提案を行ってきた」とのことで、施設外観は独特ではあるが街並に馴染む建物である。

まかべホール
まかべホール

まかべホール側壁
まかべホール側壁

 永田音響設計は"まかべホール"の音響コンサルティングを担当した。ホールは移動観覧席を持つ300席の空間で、地域のレクリエーションの場として、平土間では軽運動など、観覧席を設置して式典・講演会・発表会など、多目的な利用を目的としている。はじめて図面を見たときに施設の外観の切妻形状の屋根は非常に特徴的だった。しかし現地に行ってみると同じような角度の屋根が周辺にいくつも発見でき、あぁ、あの角度だ、と納得した。ホールの内装天井には、その屋根形状が音響的に角度をチェックした上でデザインされている。ホールを平土間仕様で使う場合に、床と天井との間で往復して音響障害となる反射音を避けるために一役かっている。ホール下部の壁は運動時にぶつかる事などを考慮してフラットとし、その代わり左右の壁で交互に吸音を配置した。壁上部には拡散を図る目的で凹凸を設けている。また、天井・壁には共にあなあき合板+グラスウールの吸音構造を分散して配置し、日常の多目的な使い勝手に適した短めの響きとした。壁のあなあきは全面に設けられているが、あなあき板背後に、反射面には下地に無孔板を、吸音面にはグラスウールを配し、見た目の意匠が統一されている。

 さて、筆者は残念ながら訪れたことがないのだが、このニュースが出るころ真壁の保存地区は町中におひなさまが飾られるそうである。「真壁のひなまつり」として有名である。ひなまつりと一緒に伝承館に訪れてみるのはいかがでしょうか。(石渡智秋記)

 真壁ひなまつり : http://www.city.sakuragawa.lg.jp/index.php?code=1588

 新建築 : http://www.japan-architect.co.jp/jp/movie/2011/sk.php


コンサートホール音響実験用模型製作−その2

「先生の一声で…」(日立シビックセンターホール)1988年11月〜1989年3月


 コンサートホールの音響実験模型の製作にどれくらいの期間が掛りますか?と聞かれて、四カ月から六カ月と返答すると皆さんびっくりします。模型を造るのにそんなに時間が掛るのですかって…。しかし実際にはそれ以上に時間が必要な場合もあります。なぜでしょうか。たとえば大きな段ボールの箱と小さなサイコロを比べた時、どちらにも八か所の頂点があります。つまり大きくても小さくても同じ形であればその形を構成するポイントの数は同じ、ということです。コンサートホールに千の頂点があれば1/10スケールの模型にも同じ数だけの収まりがあります。ポイント間の距離が縮まるだけでその突端の形状は変わりません。ましてや平面に描かれた複雑な物を初めて正確な立体に組み上げ、不合理な部分を検証しながらの作業です。そのあたりに時間が掛ってしまう理由があるのかと思います。 ですから模型製作の工程を組むことは難しく、何時までにここまで出来ますよ、と約束してしまうことは大きなリスクを伴います。

日立シビックホールの1/10縮尺音響実験用模型(音響模型実験:鹿島建設技術研究所)
日立シビックホールの1/10縮尺音響実験用模型
(音響模型実験:鹿島建設技術研究所)

 日立シビックセンターの音響実験用模型は鹿島建設技術研究所の中で製作されました。800席あまりのシューボックス型であり、工程は順調に進んでおりました。しっかりとしたコンクリート床の上に製作されたので、トランシットの基準線も全く狂いがありません。外殻を造り、一層目の段床・二層目バルコニーと進んで行ったころ、担当の当時主幹研究員だった菅眞一郎氏から『三週間ほど後に意匠設計の先生が見えるが、それまでに側壁の拡散体を取り付けることは出来ないだろうか』と聞かれ、よく考えもせず『できます』と返答してしまいました。ところがその後、側壁バルコニー手摺の取り付き角度に苦心したうえ、拡散体の算出にも大変手間取ってしまいました。たとえ9ミリの合板で立体を造るにしても、それぞれの面の取り付き角度を求めないときれいに組みあがりません。当時は一つひとつ原寸を作成し、さらに精度を高めるためそれぞれの寸法や角度を計算機で算出しておりましたのでとても時間がかかりました。約束の三週間はあっという間にたってしまい、最後の三日間は寝ずの作業を続けましたが力及ばず…大変な叱責を受け写真のようなステージ上の側壁拡散体が未完了の状態で意匠設計の先生を迎えることとなってしまいました。力尽きて車の中で仮眠を取っていると、菅氏が見えて「先生は拡散体頂点の直線的な配列が気に入らないのでウェーブ状に変更してほしいとのことです。この三週間の努力が無駄になってしまって申し訳ない事をしてしまった…」とおっしゃいました。コンサートホール建造という大きなプロジェクトの中で、模型製作の一職人の存在はとても小さなものです。「よりよい物を創造するためには思い切って消し去る」ある設計者に聞いた言葉です。こうして私共の小さな努力は先生の一声でイレイズされました。

 この音響実験を担当された菅氏はとても優れた方でした。そして公正な方でした。私共職人に対しても見下す態度ひとつなく対応してくださり、よく仕事の帰りに焼鳥屋や居酒屋に連れて行っていただいたものです。そんな折、あまり仕事の話はなさらないのですが、こちらの質問には的確にご返答いただき、初めてコンサートホール建造における音響実験の重要性、その中で音響実験模型の占める位置等、丁寧に教えていただきました。それまでは正確に形を再現することに執心しておりましたが、仕事の意味を理解すると視野が広くなり、製作の方向が少しずつ変わってくるものです。後に、音響実験模型製作をとおしていろいろな方とお話する機会がありましたが、一流世界の人ほど皆、菅氏のように一切の偏見を持っていないということを知りました。

 数年のお付き合いでした…。これからという時に、まだ若くして突然他界されたのは今もって残念でなりません。氏の研究成果がより良い響きを創るための足取りとして、今も息づいていることを信じております。(海老原工務店:海老原信之記)



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