静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 10-06号(通巻270号)

発行:2010年6月25日

上野学園大学‘新石橋メモリアルホール’のオープン

写真1 旧石橋メモリアルホール
旧石橋メモリアルホール
合唱団“わだち”演奏会
2005年11月19日

写真2 新石橋メモリアルホール
新石橋メモリアルホール

新エオリアンホール
新エオリアンホール

◆沿革

 上野学園は1904 (明治37)年、石橋蔵五郎氏によって女子の'自覚'を建学の精神として創設された上野女学校に始まる。戦後、教育改革により上野学園中学校・高等学校と改名、1949年に全国で初めての女子高校に音楽科が、1958年に上野学園大学に音楽学部が設置され、女子の音楽大学としての歩みを始める。1974年には創立70周年を記念して石橋メモリアルホールが誕生する。

 座席数662、舞台中央に3段鍵盤、36ストップのオルガンを設置したこのホールは、低音域の豊かな響きと中高音域の輝かしい響きによって、当時、東京では数少ない中規模コンサートホールとして注目された。その音響設計は筆者が建築音響設計事務所を開設して最初に取り組んだコンサートホール・プロジェクトであり、当時の多目的ホールとは一線を画した設計理念に基づいて響きの設計を行った。当時、筆者の頭にあったのは、1年間の西ドイツ留学で体験した石造りの古い聖堂の響きと、戦後、西ドイツで展開されていた初期反射音の音響効果に関する一連の研究成果であった。

 当時、残響時間1.5秒のこのホールについては、一部の演奏家からクレームがあったが、これは、時と共に解消した。ところが、1980年代になって都内で相次いで中小のコンサートホールが誕生し、その活躍もあって、この石橋メモリアルホールは、音楽界ではやや忘れられた存在となっていた。さらに、学生数の減少という大学側にとっての課題もあり、2007年、大学として男女共学制の導入という改革を決断した。同時に施設として、東上野の敷地の西半分に15階建の教室棟を建て、そこに、大学、短期大学、高等学校を集め、石橋メモリアルホールがあった東半分の敷地に14階建てのオフィス棟を建設し、その1階から5階のスペースに新ホールを設置するという計画を実行したのである。幸いにも、新ホールの音響設計も永田音響設計が担当した。

 新ホールについては、旧石橋メモリアルホールの響きを再現してほしいという上野学園大学側の強い要望があり、これを目標に音響設計を進めた。それに加え、地下鉄騒音の防止対策など音響条件の改善と共に、舞台の拡張、楽屋位置など使い勝手上の改善も行った。監修・設計は株式会社プラットフォーム、建築設計・監理は株式会社現代建築研究所、施工は清水建設株式会社により本年3月に建物は竣工、5月に開館を迎えた。新石橋メモリアルホールの音響設計について、その詳細をここに述べる。(永田穂記)

◆新石橋メモリアルホールの室内音響計画
 前述のように、新石橋メモリアルホールは、旧ホールの響きの特徴を継承することを意図しており、まずは旧ホールの室条件と音響的な特徴を再確認することから音響設計を始めた。旧ホールの室形状は大きく傾斜した山形の天井が特徴的で、この傾斜天井によって舞台上で発せられた音が客席へ豊富に到達していたことがコンピュータ・シミュレーション上でも確認でき、旧ホールの豊かな響きを特徴づけていた。また、舞台から客席前方へと徐々に広がる折れ壁形状のコンクリートの側壁も低音をしっかりと反射し、豊かな響きの実現につながっていたと考えられた。これらの旧ホールの特徴を継承するため、新ホールでも傾斜天井を採用した。さらに、使い勝手を改善するために舞台の大きさを幅、奥行き共に多少拡張しているが、舞台から客席前方にかけての基本的な壁面形状は旧ホールと同様にした。また、側壁の構成材料としてPC板を採用することで、旧ホール同様に豊かな低音の響きが得られるよう意図した。傾斜天井に挟まれた天井中央部は、後壁に向かって少しずつ低くなっていた旧ホールに対し、十分な気積を確保して旧ホールよりも少し長めの響きを実現するために、舞台から客席までほぼ同じ高さに設定した。4月25日に開催された開館プレイベントでは、満席の状態で約1.8秒(500Hz)の残響時間であることを確認した。

新石橋メモリアルホールの側面
新石橋メモリアルホールの側面

新エオリアンホールの舞台
新エオリアンホールの舞台



◆新エオリアンホールの室内音響計画 
  新エオリアンホールは旧エオリアンホールの約半分の室容積で、移動椅子約84席を収容するミニホールである。当初、リハーサル室として計画されていたが、旧エオリアンホールを継承したホールにしたいという上野学園大学側の要望により、古楽器演奏や小規模の室内楽演奏を想定して響きの設計を行った。

 小さい空間であるがゆえに十分な拡散形状を設け、吸音を分散配置したいという音響側の要望に対し、それらの要素を意匠的にどのように組み込んでいくか、何度も検討が重ねられ、古楽器演奏にふさわしい落ち着いた雰囲気のホールに仕上がっている。

◆騒音防止計画
 この上野学園の新しい施設は、14階建てのオフィス棟の低層部に位置していることから、ホール上階との遮音性能の確保が設計課題のひとつであった。また、この敷地は昭和通り下を通る日比谷線まで約100m、あわせて銀座線の車庫が隣接しているため、地下鉄の振動対策もまた大きな課題であった。これらに対して、石橋メモリアルホールに防振遮音構造を採用する対策を行った。前述のホール側壁のPC板を防振遮音層として兼用する構造としたために、遮音的な納まりが複雑な工事であったが、設計者・施工者の熱意と工夫によって完成に漕ぎ付けることが出来た。高い遮音性能を実現したと共に、旧ホールでの課題となっていた地下鉄騒音についても感知されず、静かな空間が得られている。(箱崎文子記)

◆舞台音響設備計画
 舞台音響設備については、旧石橋メモリアルホール開館以来ホールの音響を担当されてきた折原氏の意向を元に、録音機能の充実と自然で明瞭な拡声音の確保を図った。

 新石橋メモリアルホールでは、3点吊りマイクを舞台内(框から1〜2m程度)まで移動でき、より演奏者の近くで集音可能にした。また、ホールの響きを集音する吊りマイクを客席後部天井に常設した。加えて、天井裏各所のマイクコンセントと天井面の小穴により更なるマイクの仮設吊下げ対応、楽屋や舞台袖への音響回線と電源の敷設、中継ケーブル口やケーブルフックの設置など、外来の録音にも配慮した。録音用ミキサーは旧ホールで使用していた定番ミキサー(STUDER製)を継続使用している。拡声用スピーカにはラインアレイ式スピーカを採用し、音を客席に集中させることで余分な残響の発生を抑え、明瞭さの確保を図った。写真で舞台先端側壁およびサイドバルコニー先端にある線状のものがそれで、幅5cm、奥行き6cmという非常にスリムなスピーカの採用により、建築意匠に馴染むよう考慮した。

 新エオリアンホールには、手動の2点吊りマイクと響き集音用マイクを設置した。拡声用スピーカは、新石橋メモリアルホールと同じスリムなラインアレイスピーカを採用した。

能舞台
能舞台



◆舞台照明設備・吊り物設備計画
 本件では舞台照明設備と吊り物設備のコンサルティングも行った。新石橋メモリアルホールの照明は、旧ホールに倣い、舞台上の照明バトン(4列)、フロントサイド照明、シーリングスポットで構成した。舞台の天井に水平部が少ない室形状のため、照明バトンは露出式とし、バトン長の確保とオルガンへの視線を考慮して設置高さを設定した。また、温度変化に特に敏感な古楽器による演奏会も行われるため、スポットライトは熱線遮蔽フィルタ付とし、舞台上の温度上昇を抑えるよう配慮した。吊り物設備の特徴はオルガンを隠す幕で、これは旧ホールで毎年行われてきた「能」公演の際に使用する。舞台最奥の照明バトンとその外側の補助吊り点を補助パイプで繋ぎ、巻上機を連動運転させて使用する方式とした。新エオリアンホールには、客席上部にオートリフター式のスポットライト(9台。熱線遮蔽フィルタ付)を設置した。(内田匡哉記)

◆新ホールの響き
 開館前に行われた音響実験を兼ねた試聴会、引き続き行われた能を含む3回の公演を通して、新石橋メモリアルホールの響きは旧ホールの響きの特徴をふまえながら、より洗練された空間デザインと呼応するように、華やかさと繊細さを加えたという印象である。また、新エオリアンホールはバロック音楽にふさわしい気品のある佇まいと響きの空間として誕生した。両ホールが本学園の音楽教育の拠点となるとともに音楽界の新鮮な風となることを期待する。(永田穂記)

 

バンベルグ・コンサートホールの音響改修

改修前のホール内観
改修前のホール内観

改修後のホール内観
改修後のホール内観

 バンベルグはドイツ南部のバイエルン州にある人口約7万人の小さな市であるが、旧市街地全体が第二次世界大戦の被害を受けることなく中世からの景観が残されていることから1993年にユネスコの世界遺産に指定されているとても美しい街である。このバンベルグを本拠地とするバイエルン州立のオーケストラがバンベルグ交響楽団で、終戦後の1945年にチェコからドイツに逃れた音楽家達によって創立された比較的歴史の新しいオーケストラである。

 バンベルグ交響楽団の名はすでにワールドクラスのオーケストラとして有名であるが、いくつかのユニークな点がある。バンベルグ市の人口約7万人に対してオーケストラの定期会員数は6千人に及ぶ。単純計算すると、東京における一つのオーケストラの定期会員が百万人という考えられない数字である。このオーケストラがいかに地元の人達の文化として受け入れられているかが分かる。しかしながら、いかに人口の1割近くの定期会員を抱えていても6千人ではオーケストラ活動の基盤として十分ではない。数多くのレコーディングと世界中を回る演奏旅行がこのオーケストラの大きな特徴となっている。日本への公演旅行もほぼ定期的といえるほど日常的であり、その名はバンベルグの都市規模の割にはかなり広く知られている。

 バンベルグ交響楽団のために新しいコンサートホールが建設されたのは1993年のことである。初代首席指揮者であったヨーゼフ・カイルベルト(Joseph Keilberth)の名を冠した近代的なコンサートホールであったが、オープン直後から音響的な問題が指摘されてきた。特にステージ上の演奏者達が自分の音、お互いの音が聞き取りにくいという。2005年初めから音響改修のプロジェクトが計画され、我々がそれを担当することになった。およそ3年にわたって、指揮者やオーケストラメンバーからの意見聴取なども行い、音響改修計画を策定した。

オーケストラひな壇迫り
オーケストラひな壇迫り

 第一段階の改修として、まずステージ回りの改修を2008年夏の休暇中に実施した。具体的にはオーケストラの配置を検討し直し、弦楽器をも含めたオーケストラ全体にヒナ段迫りの導入を行った。段差を付けた円形のヒナ段迫りにより、オーケストラの配置が立体的に、しかも緊密になるように計画した。その結果、指揮者を含めてオーケストラ奏者ほぼ全員からお互いの音がよりよく聞こえるようになったとの意見を得た。

 さらに2009年の夏には、客席椅子の入れ替えや天井部分のペンキ塗り替え、ロビー・エントランス部分の拡張などの建築的、意匠的な改修も実施され、2009年秋からの新シーズンを新装コンサートホールで迎えた。将来的にはホールの天井や壁の形状変更も含む長期的な音響改修が計画されている。(豊田泰久記)


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