No.245

News 08-05(通巻245号)

News

2008年05月25日発行
平中央公園からのいわきアリオス(左から大ホール、交流ロビー棟、木の後ろに中劇場建設中)

いわき芸術文化交流館「アリオス」第一次オープン

 福島県いわき市に、4月8日いわき芸術文化交流館アリオス(ALIOS) 〔以下いわきアリオス〕が第一次オープンした。いわき市と聞くと、お年を召された方は炭坑や常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)を、若い人たちはこの常磐ハワイアンセンターオープンまでの奮闘記が映画化されてヒットした「フラガール」を思い起こされるのではないだろうか。そのいわき市には、JR上野駅から特急スーパーひたちに乗ると2時間あまりで到着する。いわき市は1966年、周辺の5市4町5村が対等合併してできた市で、福島県の東南端に位置している。東は太平洋、西は阿武隈山地に囲まれた、海あり山ありの自然が豊富な町である。

平中央公園からのいわきアリオス(左から大ホール、交流ロビー棟、木の後ろに中劇場建設中)
平中央公園からのいわきアリオス(左から大ホール、交流ロビー棟、木の後ろに中劇場建設中)

 いわきアリオスは、本ニュース243号(2008年3月)にも書いたように、PFI(Private Finance Initiative)方式によって建設された、1,705席の多目的利用の大ホール、演劇用の中・小劇場、音楽用小ホール、大・中リハーサル室、スタジオ4室から構成される大型複合文化施設である。現在、工事中の中劇場が完成する来春、グランドオープンの予定である。設計監理・施工・維持管理は、事業コンペで選定された「いわき文化交流パートナーズ」(設計監理:清水建設・佐藤尚巳建築研究所・永田音響設計・シアターワークショップ、施工:清水建設・常磐開発・福浜大一建設・カヤバシステムマシナリー・丸茂電機・ヤマハサウンドテック)である(音楽用小ホールは改修工事でPFI事業では設計監理のみ。建築工事は加治和組)。なお、PFI事業にはいわきアリオスから1ブロック程度離れた場所にある文化センターの改修設計も含まれており、多目的ホールから音楽用ホールへの改修が要求水準で示されている。これが完了すると、いわき市には多機能型の大ホール、演劇用の中・小劇場、音楽用の中・小ホールの5つのホールが完成することになる。

 敷地は、いわき市庁舎に隣接する平中央公園の一角で旧平市民会館が建てられていた場所である。この公園もPFI事業によって、以前の木々が鬱蒼と生い茂っていた暗いイメージから明るく活動的なデザインに生まれ変わっている。この公園に面して、大ホール、大・中リハーサル室や小劇場が含まれる交流ロビー棟、中劇場が横並びに配置されている。公園側の外壁には木柱とウッドデッキバルコニーが設置され、明るくなった公園にマッチした軽快な雰囲気が創られている。

室内音響計画

大ホール 大ホールは客席の側面と後部を3段のバルコニー席で囲まれたシューボックス型を基本とする形状である。とはいえ、1,705席を収容するためには断面形状をシューボックス型とするのは難しく、天井の勾配は客席後部に向かって上昇している。

 大ホールはクラシックコンサートを主目的とするが、舞台ものやポップスコンサートにも十分対応できることが事業コンペの要求水準に明記されていた。このようなコンセプトは、多目的ホールが計画される場合にはよく提案されるものだが、本プロジェクトではさらにそれぞれの用途に対してほぼ専用ホール並みの性能と機能を満足しなければならないという条件が付加されており、舞台機構・照明・音響の各設備には演劇専用ホール並みの規模と機能が、室形状や内装材料にはコンサートホール並みの性能が求められた。空間や経費が十分であるならばこれらは不可能なことではない。しかし、実際に設計や施工を進める段階では、コンサートホールとしての性能を優先するのか演劇に必要な舞台設備の設置を優先するのか判断の難しい局面も当然ながらあり、その都度、設計者チームで協議して方向性を決めて行くといった面倒な手続きが必要であった。

大ホール客席
大ホール客席

 要求水準に明記されていた音響計画の基本理念(音量感や音像定位、拡がり感、演奏のし易さ、適度な残響感、高い明瞭度など)の多くは初期反射音(演奏者からの直接音到達後の早い時間に届く壁や天井からの反射音)が関係していると考え、設計の初期段階にはコンピュータ・シミュレーションによる室形状の検討を最優先で行った。設計段階に行ったシミュレーションとそれに基づく設計者との打ち合わせは数十回に及ぶ。建築家の佐藤尚巳氏からは当初、包み込まれるような形状を作りたいと言われたのだが、凹面は音の集中などがあるため音響的には避けたい形状である。音響的に好ましい形状を示すとともに佐藤氏からも音響を考慮した拡散壁が提案され、これらをシミュレーションによって検討しながら最終の形状を決めていった。

大編成用音響反射板設置時
大編成用音響反射板設置時
中編成用音響反射板設置時
中編成用音響反射板設置時
拡大編成用音響反射板設置時
拡大編成用音響反射板設置時

 多目的ホールでクラシックコンサートを行う場合に不可欠の舞台音響反射板は、要求水準に提示されていた奥行13mの大編成用の他に奥行9mの中編成用も設置可能とし、プロセニアムの高さの可変(13.5m〜15m)と併せて催し物の編成や内容によって選択ができるように計画した。なお、奥行16mの位置にも設置が可能(拡大編成用)とし、舞台内部に客席を配列して最大1,840席の客席数が設置できるようにもなっている。オープニング事業の小林研一郎氏指揮によるベートーベンの第九交響曲のコンサート(N響+市民による合唱)は、拡大編成のパターン(ただし舞台内には客席はなし)で行われたと聞いている。

 階段状に迫り上がっていく形状の客席側壁は、一見、木パネルで仕上げられているように見えるが、実はPC板すなわちコンクリートである。庇状の直角の面が音響的には重要で、その部分からの反射音がメインフロアの客席中央部に効果的に到達することを意図して計画した。コンクリートは低音でしっかりした反射音を得るために設置したのだが、高音域の反射音が強くなりすぎてギラギラした音になりがちでもある。それを防ぐ目的で、表面は大小2種類の凹凸をランダムに設けている。このコンクリートだが、音響的な有効性を設計段階の打ち合わせの席で話したものの、単純に大きな面を作るのではなく細かい表面の仕上げなども必要なことから実現は難しいだろうと考えていた。しかし、清水建設の現場の方々の熱意と技術力で実現した。その成果をコンクリートではない場合と比較したり効果を数字で表したりすることはできないが、オープニングコンサートを聴いた印象ではその成果が確実に得られていると考えている。

大ホール客席側壁
大ホール客席側壁

 クラシックコンサート以外の催し物に対しては、客席側壁の上部の広い面(約350m²)とメインフロア側壁に吸音幕を設置することによって残響を抑えて対応することとした。吸音幕による残響時間の可変範囲は0.2〜0.3秒、舞台音響反射板の有無で0.5秒程度(いずれも500Hz)である。音響反射板と吸音幕を併せて利用することにより、クラシックコンサート、ロックコンサート、演劇、吹奏楽などに適した響きの長さを提供できると考えている。残響時間(500Hz)は、大編成用音響反射板設置時の空席時2.1秒、着席時1.9秒(吸音幕なし)、舞台幕設置時の空席時1.3秒、着席時1.2秒(吸音幕設置)である。

大ホール客席の吸音幕
大ホール客席の吸音幕

小劇場 小劇場は、客席後部に収納されている移動観覧席の有無で平土間にも劇場形式にも可変でき、パーティや音楽・演劇などの用途に対応できるホールである。椅子設置時の客席数は233席である。平面形状が矩形のため、フラッターエコー防止に対して客席後壁を除く3面には奥行きや大きさが異なる箱型の拡散形状を設置した。また明瞭度確保に対して低音の残響を抑える目的で、背後に空気層を設けた吸音構造をランダムに配置している。(福地智子記)

小劇場客席
小劇場客席

遮音計画

 本施設では、大ホールを始めとする各室の同時使用を出来る限り可能にすることを目標とし、その実現のために次に述べる2つの対策を柱とした遮音計画を行った。1つめは大ホール棟、交流ロビー棟と中劇場棟をそれぞれ音響的なエキスパンションジョイントで縁を切り、固体音の伝搬を防止することである。

 2つめは交流ロビー棟内の各室への防振遮音構造の採用である。小劇場と大・中リハーサル室は床・壁・天井をそれぞれ防振ゴムで支持する構造とし、壁・天井の防振遮音層には繊維混入石膏板10mm厚の3枚貼りを採用した。スタジオは設計時、バンド練習室という名称が付けられており、その名のとおり電気楽器を使用したバンド演奏による大音量の発生が想定された室である。その為、さらにグレードの高い遮音構造として、防振ゴムで支持した浮き床の上に鉄骨で独立のフレームを構築し、そのフレームより繊維混入石膏板10mm厚4枚貼りの壁・天井の防振遮音層を支持している。また、このスタジオは交流ロビーに対して大きなガラス窓で面しているため、厚さの異なるガラスを3重に設置することで、ロビーへの音漏れを出来るだけ抑える設計とした。

交流ロビー棟の断面図
交流ロビー棟の断面図

 これらの遮音対策により、大ホールと交流ロビー棟にある小劇場、リハーサル室やスタジオとの間の遮音性能は500Hzで90dB以上の高い値が得られている。しかし、本ニュース221号(2006年5月)「遮音設計シリーズ その2 −和太鼓の遮音は難しい!?−」でもご紹介したとおり、数値で高い遮音性能が確認出来ていても、低音域の音量が非常に大きいロックや和太鼓などの催しものと静けさを要するコンサートの同時使用が可能かについては、難しいところである。本施設では、いわき市内の和太鼓演奏団体から中リハーサル室を練習場として使用したい、という申し込みがあったことがきっかけとなり、施設管理課が中心となって実際に和太鼓演奏を行っての遮音の聴感確認が実施された。市内の3つの和太鼓団体の協力を得て、中リハーサル室と小劇場で演奏してもらい、施設の運営・技術スタッフや設計・施工者など総勢約40名が広い施設内の各所にちらばって、和太鼓の音がどの程度洩れ聴こえるかなどの確認を行った。和太鼓の演奏音は等価音圧レベルで120dB程度(125Hz)、110dB程度(63Hz)におよび、最大値ではさらに10dB程度大きい値となったが、中リハーサル室、小劇場での演奏音は大ホールでは聴こえないことが確認された。設計チームの一員としてほっと胸をなでおろすと共に、施設の運営・技術スタッフの方々が、これなら積極的に施設を運営していけると、明るい表情をされていたことを何より嬉しく感じた。

中リハーサル室における和太鼓演奏
中リハーサル室における和太鼓演奏

遮音計画

 本施設の大ホールでは、室内騒音の低減目標値としてNC-15をクリアすることが要求水準で求められていた。NC-15は耳を澄ませても全く音が聞こえないほどの静かな状態である。これに対し、空調設備を始めとする各設備騒音について徹底した騒音振動対策を行い、ホール周辺の機械室については浮き床を採用して固体音の伝搬を防止した。外部からの騒音についても、外壁や屋根を2重化する遮音対策を行い、総合的にNC-15の静けさを実現している。(箱崎文子記)

 以上に示したように施設の充実度もさることながら、運営スタッフには演劇、音楽関係ともに首都圏の専用ホールに負けない人材が揃っており非常に充実している。施設はPFI事業で建設したが、運営管理はいわきアリオスの特徴を出すためにいわき市が直接行っている。従来のホールとはひと味違った運営に注目である。オープンからの催し物には多くの市民の方々が来場されており、評判も上々のようである。

いわきアリオスのホームページ: http://iwaki-alios.jp/