永田音響設計News 06-03号(通巻219号)
発行:2006年3月25日






ラジオ・フランスの新コンサートホールの音響設計

Fig-1 Radio France
 フランスの国営放送局、ラジオ・フランスが新しく建設を計画しているコンサートホールの音響設計業務を永田音響設計が受注した。新ホールは1500席規模のパリでは初めてのクラシック音楽専用のコンサートホールで、エッフェル塔近くのセーヌ川に面した現在のラジオ・フランスの建物の中に建設される。

 現在のラジオ・フランスの建物は、1970年代に建設された外観が円筒形状の美しいデザインで知られる現代建築である。30年以上経った現在でも、その優美な外観は少しも古さを感じさせないが、建物の内部については現行の消防法などの法規に合わない等の様々な問題を抱えており、このほど内部の改装を中心とした大改修が施されることになった。さらに、現在の建物にはないコンサートホールが全く新しい施設として建設されることになったものである。建物全体の改修を含めた建築設計者は指吊コンペが実施され、地元パリのArchitecture-Studio(http://www.architecture-studio.fr)が選定された。引き続き、ラジオ・フランス内部に組織された委員会によって、新コンサートホールの音響設計者の選定作業が進められ、永田音響設計が指吊されるに至った。なお、永田音響設計の担当は新ホールの室内音響設計のみで、騒音制御、スタジオの改修関係等は地元の音響コンサルタントJean-Paul Lamoureux 氏が担当している。

Fig-2 Concert Hall Interior
 新コンサートホールは、ステージの周囲に客席を配した、いわゆるヴィニヤード方式の客席レイアウトとすることが、施主であるラジオ・フランス側の基本方針として打ち出されている。建築設計者選定に当たっては各候補者がその基本方針に基づいたプランを提出しており、設計作業はその提出案(Fig-1、Fig-2参照)をもとに検討が進められることになる。

 また、新コンサートホールは、ラジオ・フランスに所属する2つのオーケストラと1つの合唱団のフランチャイズ・ホールとして使用されることになっている。オーケストラは、Orchestre National de France(フランス国立管弦楽団、音楽監督:Kurt Masur)とOrchestre Philharmonique de Radio France(ラジオ・フランス・フィルハーモニック管弦楽団、音楽監督:Myung-Whun Chung)、そして合唱団は、Le Choeur de Radio Franceである。ステージ周りの設計など、これらの団体との緊密なコミュニケーションを取りながら進めていくことも音響設計業務の重要なプロセスとなる。

 設計作業はすでに昨年の6月から始まっており、現在日本でいうところの実施設計作業の段階である。今後、1/10スケールの音響模型実験も予定しており、2007年には建設工事が開始され、2010年の完成、オープンが予定されている。(豊田泰久記)

(写真提供:Architecture-Studio)


サロン テッセラ

 サロン テッセラは東京急行世田谷線三軒茶屋駅前のK&Kビルにある80席の小ホールである。ビルオーナーの梶川敬一郎氏はこの地のご出身、近年、キャロットタワーを中心にした三軒茶屋地区の再開発で、お住まいが高いビルで囲まれるようになったことがきっかけで、このK&Kビルを計画された。1階が‘セブン・イレブン’とコーヒーショップ‘伽羅’、2階がファミリーレストラン‘デニーズ’、3階が住居、4階、5階の吹き抜け空間にこのサロン テッセラがある。

 梶川家はご夫人と娘さんがピアノの先生、ビルの新築を機会にピアノ演奏、ピアノ音楽の鑑賞に主眼をおいた音楽室を造りたいというご希望であった。ビルの建築設計は株式会社日建スペースデザインの鈴木真也氏、工事は大和ハウス工業株式会社、K&Kビルは2004年1月に着工、同年12月にオープンした。

 サロン テッセラは奥行13.5m、幅5.6m、高さ6.0m、床面積76m2の直方形の空間で、Fig-2に示すようにホール後方の上部に17m2の化粧控室が張り出している。外壁は20cm厚のコンクリートで遮音壁となり、室内側ではこれをそのまま反射面とした。

 この種の小空間における響きの設定は音響設計側として、もっとも悩むところである。本ニュースにも紹介してきたようなオーケストラを対象とした大型コンサートホールについては音響設計の基本的な考え方はほぼ定まっており、主要なホールについては聴取体験からの評価も蓄積され、漠然ではあるが、音響効果の輪郭を掴むことができる。ところが、個人住宅の音楽室となると、その規模、対象とする楽器、演奏の規模も様々であり、さらにその使われ方も個人の練習からレッスン、仲間同士のアンサンブルからファミリーコンサートまである。それに、オーナーの音楽に対する姿勢と嗜好がまた多様であり、個性的である。幸いにもこのホールはピアノ音楽を対象とするものと使用目的がほぼ定まっていた。

Fig-1 Salon Tessera (Front)
Fig-2 Salon Tessera (Rear)

 写真からおわかりのように、サロン テッセラは天井高が6m、室容積391m3という住居の中の音楽室としては大型の空間であり、響きを愉しむ空間にすることも頭を横切った。しかし、日常のピアノ練習、レッスンを意識してあえて響きをやや押さえた空間とした。響きの上で注意した点は、コンクリート構造によるブーミングの防止と逆にボード壁による低音域の吸音の抑制、それに奥行き、室幅、上下各方向の響きのバランスを考慮した吸音面の規模と配置である。すなわち、壁面にグラスウール吸音構造を分散配置し、天井は石膏ボードの積層構造を反射面とし、その一部に岩綿吸音板を分散配置、さらに周辺に低音吸音構造を配置した。椅子は布張りのものを提案した。50席配置での空席の残響時間は63Hz:1.0秒、125Hz:0.8秒、250~1,000Hz:0.6秒、2,000~4,000Hz:0.7秒である。

 住居内の音楽室、中でもファミリーコンサートでしばしば経験するのは換気量の上足である。換気は遮音構造を採用した室では欠くことができない機能であるが、この重要性が一般に理解されていない。

 ところで、最近の家庭用の空調機はメーカ側の努力で随分静かになり、弱運転ではNC-30を下回る機種も市販されている。また、床暖房の普及で暖房時の騒音の心配は解消した。しかし、ここでは冬季の過度な乾燥は楽器に好ましくないというオーナー側の申し出で床暖房は採用していない。空調本来の機能、音響性能、意匠の点などからこのホールではダクト方式しかないということになり、大和ハウス設備設計側の協力で実現したが、配管と吸音ダクトの紊まりは難しい課題であった。換気口は天井と化粧控室前面の壁に設けたが、この換気口の配置と寸法にも設計者の空間デザインに対する執念を感じ取ることができた。また、彼が最後まで空間デザインの上で抵抗したのは温度分布の点で設備設計側から提案のあった2台の天井ファンであった。しかし、オーナーの決断で最終的には1台となった。

 開館直後の時点で空調機、換気ファン運転時の室内騒音はNC-30~35と音楽ホールとして決して満足できる値ではないが、演奏時には弱運転への切り替え、時には空調停止などの処置で対応している。

 このサロン テッセラには、スタインウェイC型227とヤマハC5各1台が常設されている。これまでも、様々な規模の個人音楽室の音響設計を手がけてきたが、天井高6mという空間、建築意匠との調和を図った内装設計、ダクト方式の空調・換気設備の採用、それにコンサートグランドピアノ2台という、小規模の音楽ホールとしてここまで計画された空間は珍しいのではないだろうか。これは一重にオーナー梶川氏の熱意と決断によるものである。これまで、ピアノ、歌曲リサイタルを聴いたが、一般のホールの響きに慣れた耳にはまず、その音量感と音色のディテールが鮮やかに聴きとれることに今までにはない音楽の世界を感じた。近々、チェンパロの演奏会を聴く予定である。

 このホールは、梶川夫人、娘さんの練習、レッスンの他に、各種リサイタル、アンサンブル用として貸しホールへの道も開かれており、梶川氏はとくに若い音楽家がこのホールを活用されることを望んでおられる。この記事を書くにあたってホールの状況をうかがったところ、リピーターが多いということを梶川氏は満足されている。(永田 穂記)

サロン テッセラ 〒154-0004 東京都世田谷区太子堂 4-22-6-4F,Tel:03-3421-0541

http://www.salon-tessera.com (写真提供:梶川敬一郎氏)

ハーマンプロ グループ会議とNAMMショー2006に参加して

 今年の1月に、米ロサンゼルス近郊のアナハイムコンベンションセンターで開催されたNAMMトレードショーを視察した。“NAMM”とは1901年に米国で設立された“National Association of Music Merchants”の略称であるが、現在は“The International Music Products Association”と改称されている。楽器市場を開拓するために設立当初から始められたNAMMショーは、今年でなんと104回目となる。

 その前に3日ほど、ヒビノ(株)の案内でハーマンプログループ会議に出席した。この20年あまり、歴史のあるプロオーディオメーカは次々に経営が困難となり、集合・離散を繰り返しつつ、グループ化が進んできた。その中で最大ともいえるのが、1953年にharman/kardon社を設立したシドニー・ハーマン博士率いるハーマンインターナショナル社のプロオーディオ部門である。このグループは1969年にJBLを買収した時から始まり、その後パワーアンプのCROWN (AMCRON)、ミキサーではSoundcraft、STUDER、マイクロホンのAKG、プロセッサーはLexicon、dbx、BSSなどの各社を次々と獲得。ついに、音の入口から出口まで音響製品がそろったというわけだ。

 ユニークな創業者に率いられた新興メーカは、しばらく独立経営が続けられそうであるが、グループ化は世界的な傾向でTelex/EVIオーディオ(Electro-Voice、MIDAS他)、ラウドテクノロジー(EAW、Mackie他)などがよく知られている。グループ化は、経営資源を集中してリスクを分散するという利点に基づくものであろうが、何でも作る器用な?日本のメーカを見てきた私としてはその将来に上安がよぎる。しかし、ブランドの歴史を重んじ、独創性を大事にする彼らの経営方針が続く限り、心配は無用のことかもしれない。

 経営統合による技術者の交流はグループ全体の技術的な向上をもたらす。その力が、今まで現場の状況をよく知ることで機器の開発や普及を支えてきたコンサルタントたちの役割を越えつつあるように感じられる。機器のデジタル化とそれに続くネットワーク化への進展、接続や操作(制御)の整合性などの問題をどのように克朊するか。今回、ハーマンプロではグループ各社の機器を統合的に制御する“HiQnet”という独自のネットワークを発表した。現在、世界的に音声信号のネットワーク、音声と制御信号のネットワークなどが入り乱れて開発されている。しかし、これらはすべてメーカ主導の世界であって、ユーザーやコンサルタントは選択の自由を失いつつあるのも事実だ。

 そんなことを考えながら、NAMMショーに行くとそこは楽器の世界だった。ピアノ、弦、管、打、民族系などあらゆる楽器が広い会場に並んでいるのは壮観である。なんと楽器を製造する道具まである。会場の中では、Virtual Instrument部門に多くの人が集まっていた。パソコンにソフトをインストールすれば、バンドでもオーケストラ、合唱でも演奏できるというもの。スピーカから再生される演奏音は、全くよくできている。音源は実際の演奏をサンプリングしたものがほとんどであるが、楽器の音響的な振舞いをモデリングしたもの(シンセサイズ?)も健闘している。これらは、伝統的な楽器の対極に位置するものだが、音楽に対する感性や演奏技術が同じく欠かせないところがおもしろい。(稲生 眞記)


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永田音響設計News 06-03号(通巻219号)発行:2006年3月25日

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