永田音響設計News 99-3号(通巻135号)
発行:1999年3月25日





なら100年会館のオープン

なら100年会館の断面図
外観
 古都奈良の文化財の世界遺産登録が話題となった1998年秋、奈良市制100周年記念事業の一環として進められてきた「なら100年会館《が竣工し、今年2月1日にオープンした。この市民ホールは奈良市のJR奈良駅周辺の都市基盤整備「シルクロードタウン21《と呼ばれる再開発事業の一つでもあり、国際設計競技の実施でも話題となった。この競技で最優秀作品として選ばれたのが磯崎新アトリエの作品である。この当選案をもとにJR奈良駅西口前に新しい奈良のランドマークとして誕生した。

「なら100年会館《は、瓦風タイル張りの幾何学的な外殻をもった巨大なシェルに大・中二つのホールと多目的ギャラリーが包括されており、外観的には寺院の屋根をイメージさせる外装と形状が印象的な建物である。 PCパネルで構成された外殻の楕円平面の空間に舞台を背中合わせに規模、形状、性格が全く異なる大・中ホールが、さらに中ホール階下に多目的ギャラリー(小ホール)が配置されている。この建物の建設には、地上で平面的に組立てた屋根と外壁のユニットを同時にジャッキアップして立ち上げるパンタドームという構法が採用された。一週間かけて24mの高さまで立ち上げたこの構法は、この施設建設のイベントとして一般市民にも公開された。

大ホール
 コンベンションホールとして計画された室容積39000m3の大ホールは、可動プロセニアム、舞台・客席の昇降床、可動バルコニー席によりエンドステージ、センターステージ、スラストステージ、平土間形式等、1180席から1720席の8つの形式、規模のホールに転換が可能である。このホールは、これまでのプロセニアム型の多目的ホールとは異色な空間である。

 PCシェル内にそっと置かれたガラスケース、といった印象を与える中ホールは、440席の室内楽を中心とする四方ガラス張りのシューボックス型コンサートホールである。  このような個性的な施設だけに、音響的な課題も少なくなかった。シェル内に隣り合わせに配置された大・中ホール間の遮音、比較的大きな空間で、しかも可変性をもつ大ホールと内装にガラスが多用されたコンサートホールの室内音響計画、電気音響計画等である。

 大ホールは音響的には、外壁イコール内壁という構成であり、PCパネルとその目地処理により、また、中ホールについては、PCシェルとホワイエを緩衝ゾーンとし、ガラスの二重壁とすることで、外部騒音を遮断した。中ホールのガラス壁は、8~15mm厚と12mm厚のガラスによる前室を持つ二重構造である。この構造によりホワイエと中ホール間の遮音性能は、中音域で50dB程度の値が得られている。隣接する大・中ホール間の遮音については、中ホールのガラス壁体の鉄骨を基礎から防振支持することで大・小ホールとの同時使用が支障とならない遮音性能が確保されている。また、空調設備騒音も、機外、吐出騒音がNC-40~45以下という超低騒音型空調機と、渦流音に配慮した制気口付き椅子の採用により、NC-15以下の静かな空間となっている。

中ホール
 中ホールはコンサートホールとして計画されただけに、ガラスの音響的にネガティブな性質を極力抑えるように検討を行った。すなわち、ガラスの板振動による低音域の過剰吸音、高音域での鏡面反射による硬質で温かみの欠けがちな空間の響き、視覚的印象から音響効果が判断される傾向等々である。具体的には厚さ、サイズの異なったガラスで壁面を構成したこと、形状による音の拡散をデザインに取り入れたこと、ガラス独特の吸音、反射性能を補正するために天井、床、椅子等の音響特性を規正したこと、ステージおよび側壁下部の目線レベルの壁の木質の素材により視覚的、心理的な偏った印象を和らげるような配慮を行ったこと、などである。幸い建築意匠等関係者の理解をいただいてこれらの目的が達せられたと考えている。客席側壁の大部分を占めるガラスの周壁は基本的に反射性のため、響き調整用の吸音面として床面をカーペット敷きとするとともに、客席椅子には座、背、背裏に吸音力の大きな構造を採用し、さらに、天井の網目の部分に有孔板+グラスウールの吸音構造を設置した。その結果、残響時間は満席時、中音域でほぼ2.0秒という、コンサートホールとしての用途に相応しい特性が得られている。

 電気音響に関わる課題としては拡声音の明瞭度、音質の問題がある。響きの豊かな空間で、また、スピーカの意匠的な制約の中で十分な明瞭度を確保することは決して簡単ではない。ここでは、天井にスピーカを分散させるという方式で意匠と音質の問題を解決している。

 このプロジェクトは、国際コンペ、磯崎新氏の作品、パンタドーム構法、古都奈良の文化財の世界遺産登録等、構想から建設まで話題には事欠かなかっただけに、これからこの特徴ある市民ホールが文化拠点として運用、活用されることが期待される。(池田 覚 記)
(なら100年会館:奈良市三条宮前町7-1 TEL.0742-34-0100)





コンサートホールのステージ床…縦張り?横張り?…

 コンサートホールのステージ周辺の音響的な話題については、1998年8月号(No.128)のニュースにおいて小口が取り上げた。ここではもう少し突っ込んで、ステージの床そのものについて、断片的ではあるが2、3の話題について紹介する。

 チェロやコントラバス、ピアノ、ティンパニなど、コンサートホールのステージの床に直接置かれる楽器の場合、楽器の振動が床に伝搬してステージ床から放射され楽器の音と一体となって聴衆の耳に届く。そのため、ステージの床は音響的にも特に重要な役割を担っていると考えられ、その重要性を否定するような演奏家は、まずいないといってよい。しかしながら、ほとんど楽器の一部として取扱わなければならないほど微妙な問題であるため、音響技術の立場からは未だに明らかにされていないことが多い。このことは、楽器そのものの音響技術的な解明が難しいのと同様である。

 わが国のホールのステージ床は伝統的に木構造の組み床が一般的で、ステージの表面床としては比較的振動しやすい構造であるといえよう。しかしながら、床表面材の木の種類、厚さ、それらを支える下部構造(下貼合板の仕様、根太、大引、柄の寸法やピッチ、空洞の寸法、等々)についての決まった仕様は特に無く、ホールによって少しずつ異なっているのが実状である。

 京都市のコンサートホール(1845席、1994年オープン)の設計にあたって、10数種類の床のサンプル(2m×2m)を製作して、実際に京都市交響楽団の団員(ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ティンパニ)によって試奏をしてもらう実験を行った。本来ならばそのホールで実験できれば理想であるが、新しいホールは未だ建設中であったので、やむを得ず専用の練習所で実施した。指揮者や他の演奏者、設計者等による選定の結果、採用された仕様は「桧(ヒノキ)のムク材 (50mm厚)+300mmピッチの下地根太《というものであった。しかしながら、選定過程における意見の集約は必ずしも単純なものではなく、楽器によって、また、人の好みによって、多少の意見のばらつきがあった。この種の実験についての評価の難しさを物語っている。その後、新日本フィル(すみだトリフォニーホールのため)とロサンゼルス・フィル(ディズニーコンサートホールのため)のメンバーを対象に、同じサンプルを使って同様の実験を行ったが、最終的に最も良いと判定されたものは京都の場合と同じ構造のものであった。

 シカゴの音響コンサルタントのキルケガード(R. Lawrence Kirkegaard) は、サンフランシスコのデイヴィス・ホール(サンフランシスコ交響楽団の本拠地)の音響改修設計を行うに当たって、10年程前に同様の実験を行っている。しかしながら、結果として選定されたステージ床材は、ハニカムコアやフェルト材を組み合わせた、かなり堅めの振動しにくいもので、京都における結果とはかなり異なった傾向のものであった。ホールの違い、演奏者の違い、……等々、要因は色々考えられる。

 ステージ床表面の木材についてはわが国でも様々な種類のものが使われているが、大きく分類すると2通りに分けられる。針葉樹系と広葉樹系で、前者の例としてヒノキ、マツなど、後者の例としてカエデ、ナラ、カシなどがある。一般に針葉樹系は比較的柔らかく、広葉樹系は固い。圧倒的に数が多いのは、"ヒノキ舞台"などといわれているようにヒノキである。しかしながらこれはわが国特有の傾向で、諸外国ではそもそも"ヒノキ舞台"という言葉が無い。広葉樹系の固い床の場合、チェロ奏者やコントラバス奏者から、エンドピンが立たないで滑って困るという苦情をよく聞く。また、ヒノキの場合、塗装などで色を落とさないと白く光り過ぎて具合が悪いという声を、建築デザイナーや劇場コンサルタントから聞いたりもする。音響の立場から言うと、下手に手を加えたりして音響的な特性を搊ねるようなことはしたくないという面もある。

 ところで最近わが国で、このステージ床表面板の張り目の方向についての音響的な良し悪し云々を耳にすることが多い。すなわち、客席からステージをみて、表面板を張る方向が縦張りの方が音響的に良いという意見である。従来の多目的ホールにおいては、演者のステージへの出入りのし易さなどの点から横張りが一般的であり、この点では音響的には良くないことになる。このせいかどうか、最近のコンサートホールでは縦張りのステージがしばしば見られるようになってきた。音響技術の面からは、この張り目の方向と音響の良し悪しについてのはっきりとした因果関係は明らかにされていない。というより、研究課題として取上げられてさえもいないといった方が正しい。ホールの音響条件と演奏の条件を全く同じにして、ステージの板張りの方向だけをパラメータとして変えて比較するなどということはできないし、現実のホールにおける数多くの要因の中からステージの板張りの方向についてのパラメータのみを抽出して科学的、技術的に解明することも現実的には上可能に近い。

 縦張りの方が良いという意見は、主として音楽関係者、演奏者からよく聞かれる。誰某が言っていたからという伝聞的な意見も多く、逆のぼっていくとかなり限られた人、あるいはグループの意見といった趣が強い。上思議なことに、逆に横張りの方が良いという意見はあまり聞かない。また、海外においては、この様な意見は聞いたことがない。

 私どもの事務所においては、特に横張りの方が良いという根拠を持ち合わせている訳でもないので、そのホールのプロジェクト内に縦張りの方が良いという意見があった場合は、そのままその意見に従って縦張り仕様を採用したりすることもある、というのが正直なところである。それらのホールを見て「やはり縦張りが良いのですね《といわれたこともあった。

 主要コンサートホールにおけるステージ床の張り目方向を調べてみたのが次表である。果たしてどの程度、因果関係があるのであろうか。(豊田泰久 記)

国内外コンサートホールのステージ床表面板の張り目方向
横方向縦方向
海外
ウィーン・ムジークフェラインザール(1680) ニューヨーク・カーネギーホール(2804)
ボストン・シンフォニーホール(2631) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス(1905)
ミュンヘン・ガスタイク(2387) ベルリン・シャウシュピールハウス(1586)
バーミンガム・シンフォニーホール(2200) ダラス・シンフォニーホール(2062)
国内
中新田バッハホール(780) 旭川大雪クリスタルホール(600)
福島市音楽堂(1002) 秋田アトリオン音楽ホール(706)
筑波ノバホール(1003) 日立シビックセンター(830)
所沢アークホール(2002) 水戸芸術館(700)
東京文化会館(2300) 川口リリアホール(600)
サントリーホール(2006) 東京芸術劇場(2017)
オーチャードホール(2150) 葛飾シンフォニーヒルズ(1318)
石橋メモリアルホール(622) 浜離宮朝日ホール(552)
カザルスホール(511) 府中の森ウィーンホール(522)
洗足学園前田ホール(1200) 横浜フィリアホール(500)
松本ザ・ハーモニーホール(756) 岐阜サラマンカホール(708)
ザ・シンフォニーホール(1702) 愛知県芸術劇場コンサートホール(1806)
いずみホール(821) 岡山シンフォニーホール(2001)
北九州市立響ホール(720) 熊本県立劇場コンサートホール(1813)
福岡銀行本店大ホール(775) 宮崎県立劇場大ホール(1822)
*( )内の数字は客席数を示す





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