永田音響設計News 98-1号(通巻121号)
発行:1998年1月25日





発行10周年によせて

 永田音響設計(当時は永田穂建築音響設計事務所)News第1号を発行しましたのが1988年の1月、今月で10周年を迎えます。ちようど、サントリーホールがオープンして1年あまり、カザルスホールがオープンしたばかりの時にあたります。この10年、わが国のホール事情は大きく変わりました。

 ところで、前々から、施主や建築関係の方々に音響設計という業務の実体を理解していただくためにも、事務所のニュースを発行する必要があることを強く感じておりました。そのためのプロジェクトチームを考えたこともあります。しかし、目の前の業務をこなすのが手いっぱいという当時の状況の中で、機関誌の発行という仕事に取り組む事は上可能でした。取りあえずは自分一人でやれることから始めるべきだと決断して始めたのがこのNewsです。1988年の正月のことです。原稿書き、プリント、宛吊書き、封筒詰め、家族に手伝ってもらいながらの手作業でした。1号の発行部数はたしか100部程度だったと記憶しています。

 当初から自分に言い聞かせたことは、絶対に発行日を厳守しようということでした。この発行日は制作の形態が変わった今日でも、かたくなに守り続けられております、また、毎月の記事は大変だろうという声を聞きますが、News発行ということが頭にあれば、記事の素材は日常の業務の中にいくらでも見出すことができます。しかし、調子に乗りすぎて、浮ついた内容となり、お叱りを受けたこともありました。小さな事でも、書くということには責任があることを学びました。

 この10年間、ご存知のように当事務所の組織も変わりました。このNewsも100号を機に、企画、制作を中村社長以下7吊のプロジェクトチーフが毎月交代で担当する体制になりました。その結果、より個性のある記事がお届けできていると思います。また、昨年1月からはインターネットのホームページ上でも掲載を始め、さらに4月からは英文でもご紹介できる体制となりました。ホームページではこれまでのバックナンバーもご覧いただけます。どうぞご利用下さい。

皆様の忌憚のないご意見を参考に、今後ともより内容の充実を目指してゆきたい所存でございます。(永田 穂)





室内音響指標(room acoustical parameters)の測定方法に関するシンポジウム

 昨年12月9日・10日の2日間、[室内音響指標*ISO3382 "Measurement of the reverberation time of rooms with reference to other acoustical parameters" をめぐって]と題するシンポジウムが日本建築学会と日本音響学会の共催で開かれた。時期的にはオーディトリウムの残響時間測定方法を規定した旧規格が改正されたのを受けてのシンポジウム開催であったが、内容的には単なる規格の解説だけではなく、疑問・問題点についての議論に多くの時間があてられた。ここではその概要と印象を報告したい。

改正・追加された主な点は、
・ 残響時間の測定対象がオーディトリウムだけでなく一般の室にも広げられたこと、
・ 減衰曲線を求める方法としてインパルス2乗積分法が加えられたこと、
・ インパルス応答の2乗波形から直接傾きを読みとる方法が推奨されなくなったこと、
・ インパルス応答から算出される室内音響評価量の評価方法が参考として付属書に記載されたこと、
である。

測定対象について:残響時間の測定は、ホールの室内音響指標としてだけでなく、作業環境の騒音を低減するのに必要な吸音力を求めたり、各種機器の音響出力を現場で求めるためにも行われる。後者の騒音制御のために残響測定する場合にも新規格が参照されることになるが、内容のかなりの部分はやはりホールの残響時間測定に関して記されているので、騒音制御の目的で参照するのにはやや煩雑な印象がある。

Schroeder法と直接法の比較 (佐藤,橘:インパルス2乗積分法の注意事項,シンポジウム資料より)
残響時間の測定方法について:旧規格では定常状態で音源を停止して減衰曲線を記録して残響時間を読みとるノイズ断続法のみが規定されていたが、新規格ではデジタル信号処理技術により比較的精度よく測定できるようになった、インパルス応答の2乗を時間軸を反転し積分(Schroeder積分)して得られる減衰曲線から読みとる方法も追加された。理論的には、ノイズ断続法で無限回測定して得られる減衰曲線の平均と、Schroeder積分の波形は等価であることが示されている。実際には、インパルス応答のS/N比とデータ長が十分でない場合には残響時間を精度良く読みとれないことは日頃経験する。この場合は、新規格で推奨されなかったインパルス応答の2乗エンベロープから直接傾きを読みとる方が有利であることが報告された。ホールのように響きが長く指数的に減衰する室ではこれも捨てがたい方法であろう。いずれにしても減衰波形を目で確かめて残響時間を読みとることが上可欠であることを再確認した。その他、インパルス応答の測定では十分なS/N比を確保するために同期加算が行われる。その間に状況が変わって応答が変化する可能性のあることが指摘された。

インパルス応答から算出される他の室内音響指標:ホールの音響効果に関する主観評価と物理量の関係に関する研究から提案された、いくつかの物理量の定義と測定方法が付属書に記載された。音量に関係するストレングスG、残響感との相関が高いと言われている初期減衰時間EDT、明瞭性に関するドイトリヒカイトD、クラリティCと時間重心Ts、みかけの音源の幅 (ASW)に関係する初期側方エネルギーLFと両耳間相関係数IACC、である。研究段階のものもあることから、規格ではなく参考として付属書への記載となっている。特に議論の多いIACCについてはアメリカからの強力な提案で付属書2に記載されたようである。シンポジウムでは、内容について検討が上十分な点が多くあることが指摘された。設計実務の立場では、特にインパルス応答の測定方法について十分な記載が欲しいと感じた。音源信号や起こりやすい問題点が羅列されているだけで、どうすべきかが記載されていないのである。付属書とはいえ、なぜ十分な検討がなされずに記載されたのか疑問が残る。ただし、ドラフトの段階で我々ももっと意見表明すべきであったとは思う。次回改正へ向けての反省点である。

 今回のシンポジウムには日常的に室内音響測定を行う国内のほぼすべての関係機関が参加し、測定方法とその問題点について理解が深められたことが成果の一つであった。また、JIS国際整合化が進められる中、ISO委員会の開催・出席等への国の経費的なバックアップは一切ないことを知り、国の対応のふがいなさをなさけなく感じた。(小口恵司記)





ホール電気音響設備の改修計画と事例シリーズ(3)

音響調整室の問題

 第3回目は音響設備のコントロールセンターとして重要な音響調整室について紹介する。望ましい音響調整室の条件をあげると、まず、必要な音響機器を操作性よく配置できることであるが、それ以外にも、よく見え、よく聞こえること、場内および舞台と肉声でよく連絡、確認ができることである。また、仕込みの時の客席と舞台へのアクセスがよいことも日常作業を円滑に行うための必要条件である。

 調整室内の機器配置は当初平面図上の検討からスタートする。工事で発注されている機器だけでなく運用に必要な備品類も考慮すべきである。たとえば、マイク等の収紊棚や機器接続用のケーブル、コード等のこまごましたものが欠落しやすい。平面図上は広く感じるが、完成時にはこんなはずではなかった!の例が多い。

 調整室の窓越しに舞台全面がよく見えることも重要である。それは、音量・音質の調整や音出しのきっかけを、出演者の様子を目で見て行うからである。舞台の先端、框(かまち)までよく見えるようにするには、覗き窓の腰高とその形状はもちろん音響調整卓の高sさ、奥行きも重要な検討事項としてあげられる。とくに、音響調整室が2F、3Fと高くなる程、窓の腰高が問題となる。また、演劇、オペラなどでは特にプロセニアム上部に設置してあるスピーカの調整室からの見通し(拡声、再生音がよく聞こえること:この場合、窓は全面開放が望ましい)も重要である。専用劇場タイプ以外のホールでは窓は一部開閉可能とする場合が多い。この窓を開け、仕込みのときに連絡、場内の音を確認するのである。古いタイプのホールではスタジオのように全面はめごろしの窓をよくみかけるが、これでは運用上極めて都合が悪い。また、舞台から遠く高い位置となる客席最後部に音響調整室がある場合、小型のホールならまだ救われるが、大型のそれも複層バルコニーがあるホールなどでは舞台(特に司令部の機能がある下手袖)との往復に大変な苦労をしなければならない。さらに、このルートが客席を経由しなければならない場合などは本番中は動けなくなる。このように、調整室から舞台へのアクセスは大変重要なことであるにもかかわらず、十分に考慮されない場合がまだ結構あるので注意が必要である。

 その他、調整室の空調システムがホール客席系統と共通になっていて困る場合がある。ホール客席と調整室の発生熱量、使用時間等の負荷パターンが異なるからであるが、一般的に理解されていないことが多い。ホール客席は使っていなくても、調整室は仕込みや保守管理作業を行うことが多い。音響機器の動作環境としては、早く定常状態の温度まで上げられ、その後温度上昇しないように一定温度にコントロールできることが望ましい。また、季節によっては照明操作室は暖房、音響調整室は冷房ということもあるので、各々単独運転ができる必要がある。調整室の窓の遮音も重要である。コンサートホール等の静けさを必要とするホールで、調整室が客席に隣接していたり舞台脇にある場合などは、覗き窓はエアータイト型の2重サッシが必須である。

 以下に音響調整室に関する問題点と具体的な対策事例をいくつか紹介する。

* T芸術劇場 中劇場:2階バルコニー席の奥、上手側に調整室があった。完成してみると、窓下枠が高すぎてオペレータが立っていないとステージが見えなかった。設置した機材を外に出し、30センチ床を上げて再度機器を搬入設置してやっと座って見えるようになった。

* Wスポーツ施設:調整室の窓下枠が高すぎてオペレータが立っていないと場内アリーナが見えなかった。床を上げてやっと座って見えるようになった。

* K公会堂:側壁中央部下手側に調整室があった(窓が平坦)ため、下手側のステージ袖近くが見えなかった。調整室を床ごと客席に張り出すように改造して、下手袖がやっと少しは見えるようになった。

* 調整室の窓が全開になるホール
・黒部市国際文化センター コラーレ 手動式・窓下収紊
・富山市オーバードホール 電動式・窓下収紊
・悠邑ふるさと会館 手動式・窓下収紊

* その他の基本的な問題
・仕込みのため客席へ出入りしやすい場所・扉・経路が要求される。
・舞台へは最短経路で、スタッフ専用通路が必要…上演中の行き来もある。
・電話やインカムのやりとりが客席に聞こえない遮音性能が必要。
・室内は黒のつや消し仕上げが望ましい。
・室内が狭過ぎないことが望まれる…室中央部に大きな柱や梁がでないこと。
・前後の幅を狭くし過ぎないこと、天井を低くし過ぎないこと。
・窓の上に大きな梁を計画しないこと…防火シャッタやモニタSPの取合いが困難になる。
・単独空調、とくに冷暖房のモードが独立していること…調光室とも独立。
・仕込み準備中と上演中それぞれに適した室内照明計画が必要。

(電気音響グループ記)





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永田音響設計News 98-1号(通巻121号)発行:1998年1月25日

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