永田音響設計News 94-5号(通巻77号)
発行:1994年5月15日





パストラルホール(周東町文化会館)オープン

 山口県周東(しゅうとう)町に、4 月23日、文化会館「パストラルホール《が、同町出身のピアニスト広中孝氏、沼尻竜典氏指揮、広島交響楽団の演奏によりオープンした。ホールは岩国と徳山を結ぶJR岩徳線(がんとくせん)の「周防(すおう)高森駅《から徒歩20分の丘の上に建てられている。設計は「竹山聖+アモルフ《、施工は「フジタ・洋林建設共同企業体《である。
 パストラルホールの建てられている丘は、町がスポーツと文化の丘として整備を進めている地区で、ホールに隣接して青少年ホーム(体育館)が既に建てられている。この丘からは遥か彼方まで拡がる田園を見渡すことができ、また周辺には山林がまだ残っているせいか、春にはウグイスの鳴き声も聞かれるのどかな場所である。

パストラルホールの断面             屋上の野外劇場

 パストラルホールの構造上の特徴は、図からもわかるように円形の野外劇場(アンフィシアター)に包み込まれるように 500席のホールが配置されている点である。これら二つの劇場は同時使用も考えられるため、音響的には遮音を確保する必要があった。したがって、初期の段階から浮き床構造の採用などの検討も進めたが、結局それぞれの構造体を独立とすることで対処した。

 野外劇場に内包されたホールは、室内楽やピアノリサイタルを主とするコンサートホールとして計画された。ホールの平面形状は、設計初期には円形劇場の内部に含まれるホールなので円形にしたいという希望が設計側から出された。これに対して生音中心のコンサートホールとして計画されていることから、円形では生音には欠かせない反射面の確保が難しいことや内装材料が制限されることなどから、音響的には矩形の平面形が好ましいことを説明した。その結果、平面形状は舞台から客席後部に向かって階段状に幅が広くなるほぼ正方形の形状となった。また、天井高(H=7 ~ 9.5m)が客席幅(W=16~24m)に対してそれほど高くないため、側方からの反射音があまり期待できない。そこで、天井からの反射音が客席内に一様に分布するように天井形状を凸曲面とし、また初期反射音の到達時間をできるだけ遅らせることを意図して、舞台正面の壁を上向きに傾斜させた。
 天井や壁の内装材料は、基本的にはコンクリートの箱の中に吊下げられるかあるいは取付けられたようになっている。そのために、残響時間周波数特性は図のように低音が中高音に比べてかなり長い特性となっている。

  残響時間測定値             パストラルホールの内部

 オープニングコンサートのメインには、ホールの吊に因んで「田園《が演奏された。舞台上には約65人の演奏者が所狭しと並び、なかなかの圧巻であった。演奏も素晴らしく熱気が客席まで溢れ、舞台と客席が一体となってホール全体が響きに包まれた。舞台最後部と客席最後部の距離は約23mなので、舞台が非常に近い。したがって、演奏を客観的に聞くというよりも肌で感じるような印象であった。ホールの規模に対して演奏音が大きいということはあったが、中声部も良く聞こえ、響きのバランスも良かったように思う。とくに木管楽器の響きが美しかった。

 自主企画のプログラムは、「三枝成彰レクチャーシリーズ《と「ファミリーコンサートシリーズ《が大きな柱となっている。前者はいろいろな楽器の演奏とお話しから構成されるコンサートで、後者は子供達を対象に音楽に親しもうというコンサートである。とにかく月に1 度ホールへ足を運ぶうちに、クラシック音楽が身近になるようなプログラムになっているようである。この自主企画の計画やパンフレットの作成等もすべて設計事務所で行っている。設計コンセプトに適した催し物を開催し、積極的に設計で意図したホールの性格を強く打出そうと企てているようである。一方、町でもホール運営の研修のために市職員を新潟市音楽文化会館や中野サンプラザに派遣するなど、設計初期の段階からホール運営に関して意欲的に取り組まれてきた。オープニングコンサートも盛況で、町の方たちのホールへの期待が感じられた。今後新しい交流の場になるものと期待される。

 足の便があまりよくないのですが、のどかな田園風景を眺め、夜にはコンサートを聞いて、心身ともにリフレッシュするのも良いのではないでしょうか?設計者には怒られるかもしれないけれども、建物を見るだけでも楽しくなってきます。東京方面からの最も早い交通手段は、山陽新幹線「新岩国駅《下車、タクシーで約20分です。コンサートの詳しい内容については、下記にお問合わせ下さい。財団法人 周東町勤労者福祉財団 TEL:0827-84-1400 (福地智子 記)

ダラス市のコンサートホールの可変音響装置とその響き

メイソン・シンフォニーセンターの外観
 テキサス州、ダラスに誕生したこのコンサートホールはユージン・マクダァモット・コンサートホール (The Eugene McDermott Concert Hall) と呼ばれ、メイソン・シンフォニーセンター内にある。
 このホールはいま、アメリカで話題になっているホールの一つである。今年の2 月末、当時、音響コンサルタントとしてこのプロジェクトを担当したアーテック(Artec)社のS.バーコウ氏の案内でホールの概要を見学でき、また、ダラス・シンフォニー・オーケストラの定期演奏会を聴くことができた。


 ホールはダラス市のほぼ中心地、文化施設が集まった地区の一角にある。大きなガラスの曲面のファサードを持つこの建物の建築設計は I.M. ペイ氏、コンサートホールのデザインコンサルタント、シアターコンサルタント、音響コンサルタントをニューヨークのアーテック社が担当した。
 このアーテック社の代表者が以前、BBN に在席していたR.ジョンソン氏である。氏の音響設計の考え方の特色は、音場シミュレーション、音場パラメーターなどをベースとしたアプローチとは違って、現場での聴取体験から独自の感性で空間を構成してゆく、といったらよいであろうか。彼は理想とする響きについて明確なイメージをもっており、それを実現する工夫をいろいろ試みている。彼は最近、ホール周辺に大きな残響室を配置して、従来のホールにはない独特の響きを作り出すというユニークな対策を案出し、このダラスのホールにも導入している。

カップルドルームとその減衰波形
 いま、図のように二つのスペースA・Bが開口をとおして結合されていると、その残響波形は二つの減衰率をもった波形が重なった形のものになる。いわゆる、“カップルドルーム”の減衰である。A・Bそれぞれの空間の容積、残響時間、開口部の面積などによって、いろいろな折れ線の減衰が実現できる。すなわち、図のように、初期の残響時間が短く、ある所から長いテールが付属するような減衰が可能となる。このような響きの特色をポジティブに解釈すれば、明瞭度があって、しかも響きのある空間ということになる。これが、ジョンソン氏が最近目標としているコンサート空間なのである。
 ホールは幅が狭いシューボックス型の空間に、3 層の馬蹄型のバルコニーが廻らされている。これは本ニュースの46号(1991年10月号)で紹介したバーミンガムのコンサートホール(2,200席) と基本的には同じ形状であり、同じ仕組みをもったホールである。資料によれば、このダラスのコンサートホールは2,062 席、室容積は約22,000 m3 で、これはサントリーホールクラスの大ホールと同じ規模である。残響室はホール上部周辺に配置されており、ホールとは72枚のコンクリート製の扉で結ばれているが、客席からはまったく見えない。残響室の容積はホール空間の約半分の8,000m3 で、催し物によって、扉の開閉状態を変え、明瞭度と響きのバランスをとるという仕組みである。さらに、図のように大型の舞台天井反射板の位置によっても、ホールと残響室の結合の割合を調整することができる。
 このほか、ジョンソン氏はいくつかの設備を工夫している。側壁のカーテンによる残響可変は目新しいものではないが、舞台上から客席前部空間をカバーする厚さ125mm、面積360m2 にもおよぶ可動の大型反射板である。これは明らかに、オルガン収容のために高くなった舞台空間から初期反射音を得るための反射面である。当日は約14m 位の高さにセットされていた。また、当日は見学できなかったが、舞台後壁の反射面が分割されすっぽりと後方に移動できる仕組みがあることを当事務所の豊田が以前確認している。

 ところで、肝心のダラス・シンフォニー・オーケストラの演奏であるが、曲目は「四季《と「未完成《と「運命の力序曲《の三曲、予期していたアメリカの力のある演奏とはちがって、弦の音はつつましく、美しいアンサンブルであった。空間の視覚的なにぎやかさに比べて、響きはくせがなく素直であったが、時々上部空間から響きがこぼれてくるのがよく分かった。これをよしとするか上自然とするかは好みの問題であろう。
 いま、私どもの事務所が担当しているディズニーコンサートホールは模型実験が終った段階である。間違いなくジョンソン仕立てのホールとは違った質の響きとなるであろう。われわれが狙っている響きが、アメリカでどのような評価を受けるであろうか、1997年のオープンをどのような思いで迎えているであろうか、心地好い余韻の中にそんな思いが重なった夕であった。

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永田音響設計News 94-5号(通巻77号)発行:1994年5月15日

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