永田音響設計News 89-8号(通巻20号)
発行:1989年8月25日





オーチャードホールの誕生と東京のコンサート事情

 今月末、東急文化村にオーチャードホールがオープンする。東京ではサントリーホールに次ぐコンサートホールである。どちらも民間のホールであることには変わりないが、形状も室内の雰囲気もサントリーホールとは全く違うホールである。7月25日に音響学会の見学会で弦楽四重奏を聴いただけの印象であるが、低音がよく響くおとなしい響きのホールである。
 このホールの規模はサントリーホールとほぼ同じである。客席の形状はバルコニーのあるシューボックスで、ステージの周りには客席はない。ステージには4パターンのステージ空間ができる可動の音響反射板があり、オペラにも対応できるのが特色である。ステージの音響からみると、東京文化会館のようなステージエンド型のホールである。
 残響時間は約2秒、周波数特性はほぼフラットである。サントリーホールのテスト演奏の一つとして弦楽四重奏があったが、その時は低音の上足を感じた。その印象がしばらく消えなかったが、このホールの低音は余裕のある響きであった。残響時間はむしろサントリーホールの方が多少長いということを考えると、低音の響き方の違いは多分アリーナ型とエンドステージ型との相違によるものであろう。
 このホールの大きな特色は東京フィルハーモニー交響楽団がホール専属の楽団になるという点である。ホールが専属の楽団をもつということ、これはカザルスホールに次いでわが国ではまだ数少ない事例であり、オーケストラを抱えたホールは初めてである。
 オープン当初、上評だった東京文化会館大ホールが30年近い歴史の中で各オーケストラ・楽団によって弾きこまれ、オーケストラホールとして模範的なホールとなってきたことを考えると、ベルリンのフィルハーモニーやウイーンの楽友協会大ホールと同じように、東京フィルハーモニー交響楽団によってこのホール独特の響きに支えられた音楽が生まれることを期待したい。サントリーホールとこのホールの響きの違いは室内音響の興味ある課題であり、そこから生まれる音楽の特色というのが音楽ファンの興味ある話題になるであろう。

 あまり宣伝されていないが来年10月、東京の池袋に東京都の芸術文化会館がオープンする。この施設の中心は1887席のコンサートホールであり、正面にフランスのオルガンビルダーであるガルニエ氏によるバロックとロマンチックの二つのパイプ群を回転台に載せた世界でも初めてというオルガンが設置される。このホールもステージエンド型、客席はワインヤードステップで、Cremer教授の提唱するDivergence-Convergence方式の客席構成である。

 もうひとつ新しいコンサートホールとして(仮称)墨田区文化会館がある。これも2000席クラスの大型のコンサートホールで、1994年のオープンが予定されている。このホールは新日本フィルハーモニー交響楽団が専属の楽団となる。
 このような新しいコンサートホールの出現で気になるのが、東京文化会館の大ホールである。小ホールは吸音面の縮小で多少残響が長くなったが、大ホールは椅子の取り替えをした程度で響きの本質は変わっていない。しかし前述のようにこの大ホールのステージの響きは在京のオーケストラだけでなく、来日のオーケストラからも評判がよく、“Bunka-Kaikan”として国際的にも評価されている。
 しかし客席の響き、とくに一階席の響きは新しいホールの響きを体験したものには物足らない感じである。物理的にも1.5秒という残響時間は大型コンサートホールの響きではない。天井からの近接反射音によって補強された五階席のリアルな響きが音楽ファンによって評価されているが、天井桟敷が最高!というのは日本を代表するホールとしてはさびしい。あの余裕のある低音を搊なうことなく、中・高音の響きをもう少しいきいきと豊かにできないかと思う。
 話によると、この文化会館の本格的な改修も検討されているとのこと。これが実現すれば数年後の東京のコンサートホールは実に華やかとなるだろう。願うべくは入場料が諸外国並みに安くなってほしい。

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音楽祭の会場
◆第10回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル
 カメラータ・トウキョウの井阪氏から、草津町天狗山スキー場のレストハウスをコンサートができるようにしてほしいという依頼があったのが、ちょうど10年前である。ただし予算はないということで、木毛板の天井にベニアの反射板を吊して、コトブキの移動式反射板を上野学園から借りて間に合わせた。
 井阪氏の構想は、各国のトップクラスの演奏家による夏期の特別レッスンを行うと同時に演奏会を行うことであった。これがアカデミー&フェスティバルの由縁である。湯の町草津でこんな音楽祭がはたして続くのだろうか?誰しも今日の姿を信じられなかったのではないだろうか。それが彼の執念で今年10年を迎えた。一人の人間の力がどれだけ大きいものか。お金も人もだぶついている多くの公共ホールの運用の実態と比較するとき、本当に頭の下がる思いである。

 今年はヘフリガー(テノール)、シルデ(ピアノ)、ヘンケル(チェロ)など国内外から12人の講師、国内から40人にも及ぶアシスタント講師を迎えている。8月16日から30日まで2週間の受講生は170吊、合唱は70吊という盛況で、フェスティバル室内合奏団、管弦楽団、アカデミー・オーケストラ、コーラスも定着した。

 毎日、夕方の4時から6時まで演奏会がある。今年はベートーヴェン特集ということで、8月20日にはピアノ五重奏曲/管楽器とピアノ、21日には丸山圭介氏のハ長調ミサについての講義があり、引き続きチェロ・リサイタルを、22日には今回のフェスティバルのメインのプログラムであるハ長調ミサを聴いた。入場者は平均500吊前後、700席会場に平均して80%の入りである。3日間さわやかな高原の空気の中で久しぶりに別世界を楽しんだ。
 会場は二面がガラス張りで、西日が射すと閉めきった会場は蒸し暑くなる。15分の休憩に天狗山のゲレンデの夏草の上にやすらぐ。演奏が終わる頃日が傾き、急に山の冷気が迫ってくる。温泉に入りビールを飲んでいると、南ドイツのゲーテ・インスティトゥートの生活を思い出した。
 しかし演奏の内容、質の高さに対してこの小屋はあまりにも貧しい。弦の響きはなく、チェロの低音がふやける。それに何よりの障害は雨である。高原の雨は突然やってくる。天井からの雨音で演奏がかき消される。
 今、新しいホールの計画があると聞いているが、町民会館や公民館でなく高原の音楽祭にふさわしいホールにしてほしい。
 来年のテーマはマンハイム学派の音楽とのことである。

◆ハリウッドボウルのコンサート
開演前、ボックス席のにぎわい
 ロサンゼルスの郊外、ビバリーヒルズの丘の中腹にあるハリウッドボウルにはこれまで二度ばかり訪れたが、いずれも施設の見学だった。8月2日の夕べ、ディズニーコンサートホールで一緒に仕事をしている音響コンサルタント、Dr.Cohen女史の世話で、演奏を体験することができた。
 この日の演奏はデュトア指揮のモントリオール交響楽団という一流の楽団。曲目はモーツァルトのピアノコンチェルトと交響曲、ラヴェルその他の曲であった。
 ロスの日暮れは遅く、演奏は夕闇が迫る8時半の開始である。建築事務所での打ち合わせが終わるやいなや、Cohen女史にせきたてられて車に乗った。どこかのレストランで夕食かと思っていたら、途中のレストランで車を止め、ワインやサンドイッチを仕込み、バスケットに詰め込む。現地に着いたのが6時半。もう中央通路前のボックス席は半分くらいが埋まり、めいめい手持ちの弁当で気炎をあげている。歌舞伎と同じスタイルの楽しみ方である。ボックス席は4人が標準のようであるが、6吊は収まる。ボックスの仕切りに掛けるテーブルも用意されており、みんな本当に楽しげにコンサートの前の一時をすごしているのである。カリフォルニアのワインはいけるが、私にはあのサンドウィッチは苦手である。夕闇とともに冷気もおそってくる。温かいスープがほしかった。
 演奏が始まる前にはこのボックス席は湧いていた。しかし通路後ろのベンチ席は半分くらいの入りだっただろうか?コンサートだけを目当てに来るところでないことは演奏が始まってやっとわかった。
 あれだけ湧いていたボックス席も、演奏が始まるとうそのように静かになる。急にまわりの木立から蝉の声が聞こえてきた。
 この野外ホールでの夏の演奏会はロサンゼルスフィルにとっても大事なイベントであり、音響装置の改善にはマネージャーのフライシュマン氏が自ら陣頭に立っており、また毎夕、中央の音響調整室脇の専用のボックス席で、スピーカの音に注文を付けているということを聞いた。このホールの演奏会の総監督はフライシュマンなのだ、と関係者誰もが認めているようである。

 ところで肝心の音であるが、スピーカはオールJBL。しかし実にさびしい限りの音で、遠い舞台で鳴っているという感じである。音量は以外と小さいのに、弦の音はかすかすの音。先月、東京ドームで聴いたアイーダの方が数段よかった。
 アメリカの料理とこの種のイベントを楽しむことは、この年齢になって上可能のように思えた。せめてステージ近くの席で、この吊門オーケストラの生の音を聴きたかった。
 彼らがどのような音楽に感動し、コンサートホールにどのような響きを求めているのか、ディズニーホールの音の設計に携わって以来、何時もひっかかっている課題である。
 来日するアメリカのオーケストラ、確かにうまい演奏である。しかし何か一つ心の脇を過ぎ去っていくような感じを抱くのは私だけであろうか?ハリウッドボウルでなぜあのような形でクラシック音楽をやらなければならないのか。オーケストラの貴重な収入源であることも大きな理由であろう。しかしあのような野外劇場を場として、これだけ発達した電気音響設備を駆使すれば、もっと別の形の音楽が生まれてもよいのではないかと思う。現在のアメリカ文化、生活の一端を除いたというのがホールでの感想である。



永田音響設計News 89-8号(通巻20号)発行:1989年8月25日

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