永田音響設計News 89-3号(通巻15号)
発行:1989年3月25日





帯広市民文化ホール、オープン

 北海道の帯広市に大ホール(1560席)・小ホール(560席)を中心にして5室の練習室、リハーサル室等を備えた文化ホールが今年の1月にオープンした。大・小ホールとも基本的には多目的ホールとして計画・設計されているが、大ホールについては特にコンサート向きに音響をよくしてほしいという市の要望もあり、多目的ホールという枠の中でいろいろと工夫した。それともうひとつ、ここでは札幌交響楽団(以下札響)による演奏会が年に何度か行われるということも音響上の挑戦の大きな動機となった。
 札響の優秀さについては当事務所で音響設計を実施した札響練習所紹介記事(“音響技術”NO.63、vol.17,1988)でも述べたように、音のきれいさ、アンサンブルのレベルの高さではわが国でも屈指のオーケストラといってよい。ただし、響きの少ない大きなホールで聴くとパワーの上足を感じることがあるのも事実である。このようなオーケストラは響きの多いコンサートホールで演奏すると真価を発揮する。以前聴いた福島市音楽堂やサントリーホールでの演奏会がまさにそうであったし、大阪のザ・シンフォニーホールにおけるオープニングシリーズの演奏会も評価が高かったと聞く。福島市の音楽堂を残響の長さを感じさせずに鳴らしきることのできるのは海外のオーケストラでもそう多くはない。
 「札響は何年か前のヨーロッパ公演で非常に大きな影響を受けた。同じダイナミックレンジを広げるのもフォルテの方にではなくピアノの方に広げることの必要性を覚えた。無理やりホールを鳴らそうとするとアンサンブルが乱れて音が汚くなる。弱音をきれいに響かせるようにすることの方が、オーケストラのアンサンブルの向上にとってより重要である。そのためにもよく響く音の良いホールが欲しい。札響は響きの多い空間でも少しも驚かないし、たとえ響きの少ない空間でももはや決して無理やり鳴らそうとして汚い音を出したりしない。《とは札響事務局長の竹津宜男氏の言葉である。かの黒澤明監督の映画『乱』の音楽(武満徹作曲)の録音に、わざわざ札響(岩城宏之指揮)が選ばれたのも故無きことではない。
 このようなオーケストラに使ってもらえるのであれば、よく響くホールとして設計しても少しも怖くない。音の良いホールとは、決してホールのみで成り立つものではなく、そこでレベルの高い演奏が伴って初めて良い音が響くものである。このことは、これまでいくつかのコンサート専用ホールの設計を通じ身にしみて感じたことである。
 帯広の大ホールで特に音響上考慮したことは次の通りである。

図-1 帯広市民文化ホール大ホールの残響時間
(1)多目的ホールという範囲内で、残響をできるだけ長めに設定したこと。特に低音域での響きの確保に留意した。
(2)ステージ音響反射板の形状を工夫したこと。具体的には、天井反射板を水平に近い状態で設置し、ステージ内の天井高をできるだけ高く確保した。
(3)初期反射音を与える面として客席天井を重視し、その形状、特に舞台照明用の開口部との取り合いを徹底的に検討した。

 結果としての残響時間は図―1に示すとおり、空席時・約2.2秒、満席時・約1.7秒(いずれもステージ反射板設置時、500Hzにて)で、低音域ほど長めの特性となっている。ステージ天井反射板の位置を高く設定したため、ステージ空間はこれまでの多目的ホールに比べてかなりボリューム感がある。音響技術的な検討を行った上でのこととはいえ、演奏者にとっての音響など未だに分からないことも多い。本ホールでは実験的な意味も含めて、天井反射板の角度を可変できるような機構とした。この角度可変の聴感的な効果については、後述のとおり札響の協力を得てリハーサル中に確認することができた。
 客席天井については、舞台照明用の開口部ができるだけ小さくなるようにcmオーダーでぎりぎりまで検討を行った。しかしながら多目的使用に対して必要な照明設備の量はクラシックコンサート用のそれと比較にならないほど多く、最終的にはかなりの面積を照明用開口部として天井面に設けざるを得なかった。多目的使用とクラシックコンサートの両立の難しさをいまさらながら痛感した次第である。

図-2 帯広市民文化ホール
大ホールステージ周辺の断面図
 本ホールは1989年1月10日、地元のアマチュア団体である帯広交響楽団の演奏会によってオープンした。このときのリハーサルとコンサートを通じて一部の人々から“本当に音響はよいのか?”という疑問の声が上がり、ホール関係者が心配していた中で行われたのが2月17日の札響演奏会(秋山和慶指揮)である。演奏会に先立って行われたリハーサルにおいて、秋山氏と札響の協力を得てステージ天井反射板の角度を変えてヒアリングを行った。
 角度の設定は2パターンで、天井を高くした“フラット”に近い状態(水平に対し約5度)と角度を“急”にした状態(同約16度)である(図―2参照)。結果は“フラット”の方が音の抜けがよく、室のボリュームがより大きく感じられ余裕がある感じであった。“急”の方は音が少し詰まった感じである。
 本ホールはバルコニーを一層持っているが、両者の違いは1階席で特に大きかった。“フラット”の場合、一般多目的ホールでありがちな“1階席中央あたりの音が寂しい”という印象はほとんどなくなり、ホール全体にわたって席による音の違いが少なくなった。
 当夜の演奏会が当初の設定通り、天井反射板の天井を高くして行われたということはいうまでもない。そして札響はすばらしい演奏を聴かせてくれた。特にチャイコフスキーの“アンダンテ・カンタービレ”(弦楽合奏)とアンコールで演奏されたバッハの“G線上のアリア”は極め付きといってよいほどである。専用コンサートホールといえどもこれだけ音楽的、音響的に質の高いコンサートはそうざらに聴くことはできない。札響自身にも満足してもらえたようであり、後日コンサートマスターの深山氏から「北海道で一番音の良いホールだと思います。《とのうれしい言葉をいただいた。
 ホールの音響に関する関心が高まりコンサート専用ホール建設の話題も多いが、専用ホールとして割り切ることのできるケースは未だ少ない。多目的ホールの音響をいかに良くするかということも当事務所の重要な課題の一つである。帯広での成果をもとにさらに音の良い多目的ホールを追い求めていきたいと考えている。
 今回、貴重なリハーサルの時間を割いてヒアリング・テストにご協力いただいた指揮者の秋山和慶氏と札幌交響楽団の方々に感謝の意を表します。(豊田泰久 記)

ウィーン国立オペラからフリッツさん来日

 ウィーン国立歌劇場のトーンマイスター、フリッツさんが建設省の招聘で来日された。昨年のNewsでも紹介したように永田事務所は第二国立劇場の電気音響設備の設計を実施中である。われわれにとってオペラハウスというのは初めての対象であるだけに、一昨年から昨年にかけて舞台関係者から意見を伺うとともに、世界のオペラ劇場の施設と使用状況を調査し、その結果をもとに現在の設計を進めている。
 ところが照明家、演出家の一部の方から、オペラハウスに何でこんな大掛かりな電気音響設備が必要なのかという批判があり、外国の実情を直に聞こうということでフリッツさんの招聘が実現したのである。
 われわれが理解する限り、ウィーンはヨーロッパの伝統が大事に守られている街である。しかし、このオペラ劇場では電気音響設備が積極的に利用されている。といっても舞台上の歌手の声はあくまで生であり、音響設備の主目的は効果音の再生というか、音による空間の創成である。
 フリッツさんは今月の6日から9日まで、建設委員会から設計担当者とのローカルな打ち合わせ会議にまで出席され、精力的な活動をされた。特に迫力があったのは“魔弾の射手”上演中における音響調整室の息詰まるような現場のビデオであった。

 この二国の音響設備の設計をとおして感じていること、それは電気音響設備の劇場設備としての歴史がまだ浅く、照明や舞台機構と比較すると演出のレベルで理解されていないという現実である。また、スピーカひとつ考えてみても建築になじんでいない。特にわが国の電気音響設備はポピュラー音楽を指向して発達してきただけに、劇場設備としては認知されていない感がある。
 二国の照明、機構には世界的にもトップレベルの設備が何の抵抗もなく予定されているのに、音響だけに風当たりが強いのである。このような空気の中で設計を進めなければならない担当者の苦労は並大抵なものではない。アムステルダムやパリの新しいオペラ劇場の現状、またベルリンのドイツオペラやミュンヘンのバイエルン国立オペラがこぞって音響設備の拡充に向かって改修を進めていることを確認しているだけに、音響の面でも世界に通用する設備を実現することがわれわれの責任だと考えている。心ある方々のご声援をいただきたい。

冬のベルリンから

室内楽ホール
 2月20日発、24日帰着という強行スケジュールでベルリンへ行った。用件はロサンゼルスフィルのフライシュマン氏の斡旋で建築家のゲーリー氏と会うこと、彼らのお気に入りのベルリン・フィルハーモニーホールの音と建築を確認することであった。

 今年のベルリンは雪も氷もなく暖かであった。約25年前、初めてのベルリンには西側陣営の技術と文化の最前線を思わせる緊張感があったが、その後行くごとにベルリンは色あせて見える。だいぶ建物が建ったとはいえ、フィルハーモニーホールの周りはまだ殺風景である。昨年この大ホールにならんで室内楽ホールがオープンした。1000席というこのホールは親子のように似たホールである。
 この室内楽ホールの演奏は聴けなかったが、大ホールで二晩オーケストラを聴いた。23日はズービン・メータ指揮のベルリン・フィルの演奏であった。サントリーホールの兄貴格のこのホールでのベルリン・フィルの演奏には大きな期待があった。しかし一瞬わが耳を疑うほど、あのベルリン・フィルの神業ともいえる緻密なアンサンブルは響いてこなかったのである。こんなことがあってもよいのだろうか?このホールは昨年、天井の一部が落ちたとのことで、全面にネットが張りめぐらされていた。響きの粗さはまさかこのネットのせいとはいえまい。演奏である。

 たまたま今回の打ち合わせに、このホールの音響設計者である元ベルリン工科大学のクレマー教授が出席された。ゲッチンゲン大学の故マイヤー教授、ドレスデン工科大学の故ライハルド教授と共に戦後の建築音響を理論面だけでなくホールの設計の面においても大きく推進された大御所である。引退はされたが、まだまだ論文を発表されておられる。このホールとともにいつまでもドイツを代表する顔であることを願っている。

NEWSアラカルト

◆デルタ・ステレオフォニーのデモ
 デルタ・ステレオフォニーとは拡声において、自然な定位を得る新しいシステムです。 今月31日の午後、AKG社の主催でこのシステムの開発者である東ドイツ建築局のアーネルト博士を迎えて、戸田市文化会館ホールで実際の演奏を使用したデモがあります。大勢の方の参加を希望します。ご希望の方は永田事務所までお申し込みください。



永田音響設計News 89-3号(通巻15号)発行:1989年3月25日

ご意見/ご連絡・info@nagata.co.jp



ニュースの書庫



Top

会 社 概 要 業 務 内 容 作 品 紹 介