永田音響設計News 01-12号(通巻168号)
発行:2001年12月25日






国東半島の新しいホール:アストくにさき

施設外観
 大分県の北東部に瀬戸内海に丸く突きでた国東半島がある。その東半分、東国東郡の5ヵ町村(国見町、姫島村、国東町、武蔵町、安岐町)の広域連合により、国東町に複合文化施設「くにさき総合文化センター (アストくにさき)《が2001年7月にオープンした。この施設は、おむすび型のアストホール(735席)の外周に回廊状に図書館が配置され、その外側にマルチホール(可動224席)、展示ギャラリー、録音スタジオ、まちづくり作業室などが付随する建物となっている。アストホールは中規模多機能ホールであるが、コーヒーカップ状の一風変わったバルコニー客席をもつ。設計・監理は新居千秋都市建築設計、総合施工はさとうべネック、舞台機構は森平舞台機構、舞台照明は丸茂電機、舞台音響は上二音響の施工である。

■建築の特徴
平断面図
 設計者の新居千秋さんとは、黒部市国際文化センター(コラーレ)、悠邑ふるさと会館(島根県邑智郡)につづく3施設目のお付き合いである。本施設も今までのホールと同様に列柱群と円(筒)形状の組合せがモチーフになっている。建物内部もカーブと直線がうまく組み合わされ、洗練されたイメージとやさしさ、親しみやすさが融合された上思議な空間を形作っている。特に図書館は既成の雑然としたイメージがまったくなく、ホール側の壁にしつらえられた書架を背に、窓に面した閲覧テーブルに向かうとまるで書斎にいるような雰囲気になる。顔を上げると瀬戸内海が向こうに眺められ、ホッと一息つける。これだけでも一度体験する価値がある。

■アストホールの概要
 アストホールは可動式の音響反射板を有するプロセニアム形式の舞台をもつ多目的ホールである。音響反射板を収紊し舞台幕に転換することと、客席の後半分の上部に設置した吸音用カーテンの開閉により響きの量を調節し、各種催物に対応できるように計画されている。このホールの特徴はウーブラ(Uvula:のどびこ)をイメージしたといわれる多段バルコニー席により構成された独特の雰囲気をもつ客席空間であろう。

■音響設計の課題
 本施設では、ホールとその外周に配置された図書館、近接するマルチホールおよびスタジオ等に対しての遮音計画、円形をモチーフにした客席空間の計画にあたっての室形状の検討等が課題であった。

●遮音計画
 アストホールと図書館(室内騒音NC-30~35程度)との遮音を確保するために、ホールと図書館との間に100mm幅のエキスパンションジョイントを設けた。そして、ホールに近接するマルチホールは10m以上離し、録音スタジオについては石膏ボード3層の浮き遮音構造を採用した。これらの対策により500Hzにおける遮音性能は、ホール~図書館間では75dB以上、マルチホール間では80dB以上、スタジオ間は85dB以上となっており、各室の同時使用に支障のない遮音性能が得られている。

●室内音響計画
アストホールの客席
 本ホールは、劇場として舞台がよく見え、親密感や臨場感がそこなわれないように視距離をあまり大きくしないという方針を基本に計画された。この建築意匠計画に対して、室内音響計画では、このような劇場的なイメージを基本としながらも、舞台音響反射板を設置するコンサート形式に対して十分な初期反射音の量とその良好な時間的バランスを確保するため、舞台空間と客席空間ができる限り一体になるような室形状を基本とした。さらに客席空間については、0~30~90ms以内に到達する反射音を確保するため舞台・客席の幅を18m程度とし、コンサート形式時の天井高は13mとした。また、舞台から客席にかけて側壁が有効な反射面となるように壁高を確保し、バルコニー席のかぶりもできるだけ少なくした。天井、壁面、バルコニーはカーブした凸面を基本に多少、凸凹を付け音を拡散する形状とした。なお、側壁上部のリブの裏側には、残響時間を短くし、より多くの催物に対応するため、電動開閉式の吸音カーテン約100㎡を設置した。ホールの残響時間(500Hz)は、舞台音響反射板設置/空席時で2.1秒、特性はほぼフラット、舞台幕設置/吸音カーテン使用/空席時で1.4秒と、オーケストラ演奏から演劇系の催物まで十分対応できるものとなっている。

●舞台音響設備計画蝦
 舞台音響設備はスピーチの拡声、大音量を除く音楽SR、演劇効果音の再生、映像音声の再生を目的とし、プロセニアム、プロセニアムサイドおよび客席天井中央部に大型のスピーカシステムを設置するとともに、かぶさったバルコニーにより陰になるエリアに対しては補助用のシーリングスピーカを設置した。このほか、大小各種のスピーカをはじめ、マイク、スタンド類、録音再生機器、効果用機器なども充実したものが備えられている。

 本ホールの事務局長には、大分県立芸術会館で設立当初から運営に携わられていた岡野博文氏が就任され、オープンまでの準備期間が短かったにもかかわらず、無事に円滑なホール運営が開始されたことは幸いであった。今後、末永く愛されるホールであって欲しいと願っている。

問い合せ先:財団法人 くにさき文化振興財団 tel.0978-73-0101 (稲生 眞記)

福島市音楽堂の活動*響きの多い空間が受容されるまで

福島市音楽堂
 福島市音楽堂は1983年の春にオープンした1,002席の音楽ホールである。このホールはオルガン選定委員会の基本構想から出発したというユニークな生い立ちをもっている。オルガン選定委員会から提示された音響設計の目標は‘残響3秒’という課題であった。建築設計者の岡田新一氏と協議の上実現した空間は1席あたり13m3 、天井の高さが舞台上で最高18.5m、室幅21mという当時としては異例のプロポ*ションをもったワンフロアの空間である。側壁は総タイル貼り、客席椅子も背の周辺部に反射面を残すなど極力吸音面を少なくするという方針で音響設計を進めた。その結果実現したホールの残響時間はオルガン設置後の空席で3.0秒、満席で2.5秒(平均吸音率は19%)というライブな空間である。

 1,000席規模のコンサートホールでこのような響きの空間はわが国ではもちろん、欧米でも例がないのではないだろうか。オルガン選定委員会が指向した合唱音楽、それにバロック、ルネッサンス音楽用としては画期的な施設には違いないが、公共ホールでここまで目的を絞り込んだ計画に対しては、音楽関連以外の文化団体からの抵抗もあった事だと思う。福島市には既に1500席の市民会館があったが、市側はこの施設の多目的利用への機能を拡充するために、舞台設備のグレードアップを行った。当時の市長の英断である。
 ところが、開館直後にこのホール計画を進めてこられた河原田市長の急逝という事態が生じた。独特の運営を意図していただけに、市長逝去の影響は大きかった。


音楽堂残響時間周波数特性

 開館直後、予想していたことではあるが、この響きに対して賛否二つの意見がホール側に寄せられ、新聞誌上をにぎわせた。当時、運営の窓口の責任者であった福島市振興公社野地業務課長からは、当事務所に毎日のように電話があり、また、新聞記事がファックスで送られてきた。たしかに、このような響きの多いホールはアンサンブルの乱れが強調され、また、響きの少ない多目的ホールでの演奏をそのまま持ってくると、音量が過大となり、低、中、高音の音色のバランスが崩れてしまう。開館記念行事の一つであった、サヴァリッシュ氏率いるNHK交響楽団の演奏も当日の筆者の印象は決してこのホールの響きの美しさを感じさせる演奏ではなかったと記憶している。この音楽堂の響きとは全く対照的なNHKホールでの演奏を十分なリハーサルなしにここで行うとすれば、N響といえども無理ではないだろうか。各地に響きの豊かなコンサートホールが出現している今日では、このような事態は少なくなっているが、開館当時の福島市音楽堂は、多目的ホール空間での演奏になれてきたわが国の楽団や演奏家にとっては、一つのカルチャ*ショックだったことは事実である。

 この響きの美しさを十二分に体験できたのが、岩城宏之さんが率いる札幌交響楽団の演奏であった。このホールの響きは、岩城さんには大きなインパクトだったことが、後日、岩城さんが週間朝日('84.10.26)に連載されていた、「棒ふりの旅ガラス*再びホールについて《の記事で分かった。岩城さんはこのホールを「日本にもこんなホールができた・・・超々一流のホールだ・・・《と絶賛されていたのである。

 この岩城さんの記事をきっかけとして、このホールの響きに対するクレームは次第に静まっていったように思う。演奏を重ねることによって、演奏者もこの音楽堂の響きに慣れ、響きの美しさを引き出す演奏の仕方を体得されるようになったと理解している。

 ところで、開館して15年をすぎたこのホールがその後どのように運営されているのか、以前から気になっていた課題であり、この秋、現地に出かけた。そこで、業務課主査の佐藤修氏、事業担当の渡辺元太郎氏から運用状況について話をうかがった。当日公演はなかったが、館内はリハーサルの学生さん達がロービーを行き来しており、館全体、市民の音楽施設として定着しているという雰囲気をまず感じた。佐藤、渡辺両氏の会談の結果を要約すると次の通りである。

a. 開館直後はいろいろの批判があったことを聞いているが、今日ではこのホールの響きは市民の音楽関係者には受容されている、というより、むしろ、他のホールでは体験できないこのホールの響きを誇りとしている。

b. 市主催の公演は7公演程度で、その内無償のコンサート1~3回くらい、中には電気音響設備を使用するポピュラーよりの公演もある。

c. オルガンのリサイタルは年2回程度であるが、一年を通しての講習会を毎月開催している。

d. 録音にも使用されている。

e.市側として開拓したいのは、クラシック以外のジャンルへの利用で、このような響きの多い空間での電気音響設備の導入方法を模索中である。

 一見、利用が難しいと思われた音楽ホールであるが、市側の積極的な対応によって、この空間の響きを生かした利用が浸透していることに安心している。また、計画当初は考えもしなかったポピュラーよりの催し物など新しい方向への挑戦に設計者として支援ができればと思っている。ただし、計画当初、オルガン選定委員の先生方が指向した方向があまりにも印象が強かっただけに、オルガン音楽用のホールとしての性格が霞んでいることがやや残念に思われる。このような特殊な目的に絞ったホールは、開館後もそれを支える強力なソフトの支えがないかぎり個性ある路線を維持することは難しいことをこの福島市音楽堂は物語っている。このような響きの豊かなホールは今後も生まれることはまずないであろう。貴重な財産ともいえるこの豊かな響きを生かした運用を期待している。

問い合せ先:福島市音楽堂 tel. 0245-31-6221 (永田 穂記)


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