永田音響設計News 01-1号(通巻157号)
発行:2001年1月25日





永田特別顧問に新日鉄音楽賞

 新年おめでとうございます。新聞報道にもありましたように、このたび永田特別顧問が第11回新日鉄音楽賞を受賞することになりました。ホールの音響設計という仕事がこの様な形で評価され、吊誉ある賞をいただくことになりましたことは、永田特別顧問はもとより、事務所としましてもたいへん光栄なことです。あらためて皆様の長年にわたるあたたかいお力添えに心から感謝申し上げます。

 さて、すでにご案内しましたように、弊社は昨年末から年明けにかけて東京事務所の移転とUS事務所の開設をいたしました。21世紀の幕開けとともに新たなスタートをしますので変わらぬご支援をお願い申し上げます。

 末筆ながら、年初にあたり皆様の益々のご健勝、ご隆盛をお祈り申し上げます。(中村秀夫記)

ホール音響設計を顧みて

 年末から年始にかけての事務所の引っ越し騒ぎで、昔の設計作業の記録や文献に目を通す機会を得た。1950年の初期、音響設計について全くといってよいほど手がかりも資料もなかった時代に開始された旧NHK ホール(1955)をはじめ、国立劇場、東京文化会館、各地の市民会館などの記録も見つかった。また、1963年から1年余、西ドイツのゲッチンゲン大学に籍を置いて、ひたすら、ホール音響について読みあさった文献にもめぐりあえた。振り返ってみると、私がNHK技研で旧NHKホールの設計の実務に参加してから今日まで約半世紀になる。その間のホール音響設計の変遷をたどってみたい。

 旧NHKホールは当初、コンサートホールとして計画された。当時の音響設計の課題はもっぱら残響時間であった。騒音、振動防止が音響設計として組織的に組み込まれたのは1961年にオープンした東京文化会館からである。1960年の後半からは市民会館、県民会館の吊称で各地に多目的ホールの建設ラッシュが始まる。その頂点に立つのがNHKホール(1972)である。音響設計事務所を設立して最初のコンサートホールが石橋メモリアルホール(1974)であった。コンサートホールの山脈はサントリーホール(1986)を大きなピークとして大小の峰が続き、Walt Disney Concert Hallへと続く。

 東京文化会館までの室内音響設計の着目点は残響時間と50msまでの初期反射音に関与する反射面の設計であった。ホール内装材料の吸音率資料がほぼ出そろったのも東京文化会館の設計段階からである。初期反射音については50msまでの反射音を客席に集中させる、50ms以降の反射音は障害要素として拡散、または吸音させるという考え方で貫かれていた。 これは、50msまでの反射音の効果についてのHaasの実験結果が唯一の資料だったからである。この50msという反射音は大ホールでは天井形の工夫でしか実現できない。

 1963年に私が学んだゲッチンゲン大学では、戦後まもなく故Meyer教授のグループによって、コンサートホールに好ましい響きの構造の解明を求めて組織的な研究が開始されていた。彼らがまず目標としたのが復旧したウイーン楽友協会大ホールの音響効果であった。このグループによる最初の研究成果がHaas効果だったのである。1963年の当時既に無響室には65ヶのスピーカを配置した音場のシミュレーション装置が設置され、欧米の代表的なホールの響きを疑似体験することができた。欧米のコンサートホールの響きを体験していなかった私は、ここで初めて側壁からの初期反射音がコンサートホールとして重要であることを学んだのである。

 ところで、東京文化会館の開館は1961年であるが、その2年後に西ベルリンにベルリン・フイルハーモニ*が開館している。このホールこそ、初期の側方反射音を客席ブロックの前、側方の垂れ壁によって作り出すというベルリン工科大学の故Cremer教授によって案出されたアイディアの空間である。わが国でいうワインヤードの誕生である。 日比谷公会堂しかなかった1960年代、東京文化会館大ホールの豊かな響きは私を含め当時の音楽ファンには新鮮な驚きであった。しかし、帰国直後に聴いた東京文化会館の響きはウイーン楽友協会大ホールで体験した舞台全面からほとばしり出るような輝きのある響きを感じとる事は出来ず、その違いのインパクトは大きかった。この側方からの近接反射音についてはその後の大型ホールの音響設計には様々な形で配慮してきた。現在のNHKホールの側壁を飾る拡散体の形状などはその一例である。

 私どもの音響設計で画期的ともいえる道が開けたのがサントリーホールの音響設計であった。故佐治社長の決断によってホールはベルリン型のワインヤード様式を採用することが基本方針として決定されたが、この形状はわれわれも初めてであり、なによりその響きの実体を体験していないということが音響設計担当者としては大きな上安要素であった。しかも、当時の音楽界の風潮はシューボックス型一辺倒という状況である。私どもの支えとなったのは何といっても故佐治社長の‘やってみなはれ’という力強い言葉であった。

 このサントリーホールであるが、開館直後の評価は演奏者には必ずしもかんばしくなかった。とくに在京のオーケストラグループには‘弾きにくい’という上満が蓄積していることを聞かされた。これは、3方を反射板で囲まれた東京文化会館、NHKホールの舞台条件を考えれば紊得できる反応である。しかし、年月を重ねるとともにこの上安は解消されてきた。このサントリーホールの軽やかな拡がりを感じさせる響きはシューボックスの空間では求められない質の響きである。ベルリンのフィルハーモニーに続き、ヨーロッパではライプチッヒのゲバントハウスが、わが国では札幌の‘キタラホール’があり、いずれも音響効果で定評を得ている。2003年にオープンするWalt Disney Concert Hallもこのワインヤード様式の空間である。現在、ワインヤード様式の演奏空間は聴衆はもちろん、演奏家にも受容されており、21世紀の大型のコンサートホールとして定着するであろう。

 ‘Back to the Future’は雑誌‘ちくま’の1994年12月号に載った堀田善衛さんの“未来からの挨拶”の冒頭にある言葉である。もともと、ホメロスのオディセイにでてくる言葉とのこと、その意味はわれわれが見ているのは過去と現在であり、未来は背後にあるもの、われわれはすべて背中から未来にはいってゆく、という説明である。

 情報が氾濫し続けている今日、われわれは、目先を通りすぎてゆく情報を見過ごすだけで消化することもなく、まして、諸先輩の歩んできた道すらも顧みることがないのが現状ではないだろうか。社会、人間の活動範囲が多様化し、激しく変化している中で、音響設計は社会環境の複雑なニーズに対応してゆくことも必要である。今後はさらに奥行きのある設計理念を培ってゆくことも、音楽という大きくて深い文化の一端に関わっているわれわれの責任だと考えている。(永田 穂記)

大阪市立“旭区民センター”と“芸術創造館”

小ホール
大ホール
 ちょうど一年前の平成12年1月、大阪市、東北部の住宅地域、旭区に“旭区民センター”と“芸術創造館”がオープンした。大阪市では各区で順次、区民センターの建設(立て替え)が行われてきている。その一環として旭区民センターは、他の区に先駆けて大・小ホールと図書館、備蓄倉庫、練習室等を併設した区民利用を主とした複合施設として計画された。また同時に隣接して将来を担う若者の芸術文化の創出拠点として、芸術創造館が計画された。芸術創造館は大阪市が進めているプロを目指す人たちの「練習《→「制作・発表《という一連の活動のバックアップを目的とした、音楽・演劇のための本格的練習場である。これらの施設の設計は株式会社日本設計で、永田音響設計は音響関連について担当したので、以下に施設の概要を紹介する。

■旭区民センター
 大ホールは約700人収容の多目的ホールで、1階はロールバックチェアと移動席、2階は固定席である。1階部分は椅子を収紊して平土間(フローリング)でも利用できる。舞台には幕設備と可動反射板を備えており、クラシックのコンサートから講演会、平土間ではバンケットや区民センターならではだが選挙の開票等にも使用される。ロールバックチェアというと段床が揺れたり椅子が固定式のものと比べると見劣りがしたりということもあったが、最近は揺れも少なくなり、椅子も2階の固定席と意匠を併せてしつらえるなど、かなり改善されてきている。平土間使用が必要なホールでは、椅子を並べる労力を考えると、やはりロールバックチェアのような可動席は便利な装置である。

床下椅子収紊(小ホール)
 小ホールは約200席の演劇利用を主としたホールである。客席床は可動式で、さらに床が反転し椅子を床下に収紊する機構を備えており、こちらも平土間使用が可能である。舞台は演劇のための幕設備はもちろんのこと、天井部と側壁部を客席部分と同様な意匠で囲うことも可能である。舞台の側壁と天井を囲えば、段床に椅子を設置することによりピアノの発表会等のシューボックス型クラシックホールとして、平土間にすればバンケット会場としての利用も可能である。

 大・小ホールは2階に並列して配置されており、中間部には控え室等を挟んでホール間の距離(約20m)をかせぐことで、ある程度の遮音性能を確保している。その結果、大小ホール間の遮音性能は80dB以上(中音域)であった。控え室の下部には区民利用の練習室が2室設けられており、2室とも防振遮音構造を採用している。練習室2室と大小ホール間については、90dB以上(中音域)の遮音性能が確保されており、ほとんどの使用状況においてホールとの同時使用が可能である。また、図書館は大ホールの下部に設けられており、図書館天井のふところ内に防振遮音天井を一層加える配慮を行っている。

 備蓄倉庫については阪神淡路大震災以後ときどき併設される計画を目にするが、旭区民センターのものは、既存の桜宮倉庫の機能移転とともに大阪市域北東部の備蓄拠点作りということで、乾パン、水等の食糧と毛布、防水シート等の生活必需物資が蓄えられている。

■芸術創造館
大練習室
 芸術創造館は先述したようにプロを目指す人たちの支援を目的としており、主に演劇・音楽等の練習施設となっている。演劇系は舞台公演もできる220㎡の大練習室をはじめ大小5つの稽古場、音楽系は充実した機器を備えた練習室が中小4つ、さらにハイレベルな設備を誇るCD制作も可能なレコーディングスタジオがある。レコーディングスタジオには専属のスタッフもおり、充実した環境が提供されるようになっている。

 芸術創造館は、区民センターとの間の遮音性能の確保を考慮し、区民センター建物とは地上から上に音響的なエキスパンションを採用し、構造的に独立した建物とした。また音楽系の練習室はすべて防振遮音構造を採用(室により仕様の違い有り)、演劇系練習室についても、全室とも防音扉の設置、一部浮床の設置を行い遮音に配慮を行っている。

 芸術創造館ではオープン後すぐに大阪演劇祭が行われ、またスタジオで録音されたCDは早くも一般に出ているとのことである。

 芸術創造館で大阪市が取り組んでいる試みは、今までの一般市民に何でも広く平等に供されるものとはひと味違ったものである。今後の芸術創造館の活動状況は興味深いところだと思う。(石渡智秋記)

<問い合わせ先> 旭区民センター:06-6955-1307、芸術創造館:06-6955-1066
大阪市旭区中宮1-11-14  URL:http://www.art-space.gr.jp


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永田音響設計News 01-1号(通巻157号)発行:2001年1月25日

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