永田音響設計News 97-7号(通巻115号)
発行:1997年7月25日





札幌コンサートホールオープン

全体平面図
大ホール内部
 7月4日に札幌コンサートホールがオープンした。秋山和慶指揮札幌交響楽団の演奏による柿落としのコンサートの後、PMF(Pacific Music Festival)による様々な公演が約1ヶ月にわたって引き続き行われている。札幌コンサートホールは、2008席の大ホールと453席の小ホールを中心とした施設で、大小ホールともにクラシック音楽専用のコンサートホールとして札幌市が計画、建設したものである。(建築設計:北海道開発コンサルタント(株)、音響設計:(株)永田音響設計)

 大ホールは、ステージの周りにも客席を配置したアリーナ型のステージ形式で、さらに客席をいくつかのブロックに分けて段々畑状に配置したいわゆるワインヤード型のホール形状を採用している。ベルリンのフィルハーモニーホールや東京のサントリーホールを範としたものである。ステージ上部には大型の音響反射板が設置され、電動昇降装置によりその高さが自由に設定可能なようになっている。正面にはフランスのアルフレッド・ケルン社製のパイプオルガン(68ストップ)が設置され、オーケストラ音楽を中心としたあらゆるクラシック音楽のコンサートに対応可能なようになっている。一方、小ホールは典型的ないわゆるシューボックス型のホールで、側方に上、下手各1列と後部に数列のバルコニー席が設置されている。ステージと2F客席の壁面にカーテンの開閉方式による音響の調整機構も備え、ソロリサイタルや室内楽コンサートを中心とした各種楽器、編成に幅広く対応できる。(図参照)

残響時間周波数特性
大ホール内装仕上
 札幌コンサートホールの大きな特徴は、これまで先行して出来た各地の多くの音楽ホールがハード先行型で建設されてきたのに対して、ソフトの条件が比較的整っている状況の中でホール建設が進められてきた点にある。札幌には1961年に誕生した札幌交響楽団という団員数約80吊の北海道唯一のプロオーケストラがある。現在、年11回の定期公演の他、吊曲コンサートなど年間約50公演を地元札幌市で開催しており、吊実共に札幌のクラシック音楽文化の担い手といってよい。この札響を擁しながら、札幌市に良いクラシックのコンサート会場が無く、その必要性が叫ばれ続けてきたのは紛れもない事実である。

 もうひとつは、PMFの存在である。このPMFというのは、故レナード・バーンスタインが次代の若者を育てるための教育フェスティバルとして提唱し、1990年から札幌市郊外の「芸術の森《を中心に毎年夏の約1ヶ月間、開催されてきているもので今年8回目を迎える。札幌市は補助金の他に必要な職員を出向させるなど、毎年の継続的な開催に対して全面的なバックアップ体制をとってきている。最近、日本全国各地で、町興し、村興し的活動の一環として音楽祭が開催されているが、このPMFはそれらのうちでも最大規模のものであり、リーダー的な存在となっている。札幌コンサートホールの建設基本構想には、新ホールがこれら2つの大きな音楽文化活動の拠点として建設されることがはっきりと明記されている。実際に新ホールの建物内には、ホール管理事務所の他に、札響用とPMF用の事務室が各々設けられている。

 音響設計側としては、年間を通じた活動拠点を新ホールに移すことになる札響とは、設計、工事段階を通じて打合せを密に行った。そして、その結果をホール建設に反映させるとともに、札響側の事前理解にも役立ててもらった。とりわけステージ周りの構造、オーケストラの並び方、オーケストラ用ヒナ段迫りの設定は、札響のアンサンブル作りにもホールの音響特性にも大きく影響する。ホール工事段階においても札響の練習所にヒナ段迫りのモックアップを作り、寸法の詳細をオーケストラ側と詰めるとともに、音響的に意図したヒナ段迫りを理解してもらい、事前に少しでも慣れてもらうべく努力した。オーケストラヒナ段迫りについては、ほとんど札響用といえる程の綿密な設定を行っている。

 さて、オープン後の札幌コンサートホールの運用であるが、基本的には札幌市のホールであり、札幌市の財団によって運営されることになっている。他の公共ホールと同様に、貸ホールとしての利用を中心としながら、自主企画による公演を織りまぜての運用となっていくのであろう。オープニングシリーズの自主企画公演はともかくとして、その後の継続的な公演がどの程度の内容、規模になるかについては今後を見守る必要がある。しかしながら、札幌コンサートホール建設の大きな動機、理由付けとして、札幌交響楽団という地元を代表する唯一無二のプロのオーケストラとPMFの存在があったということであり札幌が育ててきたこれら2つの大きな文化がこのホールの今後の運用の根幹に深くかかわっていなければならない。夏の間の1ヶ月だけというPMFはともかく、年間を通しての札響の活動と貸ホールとしてのホールの運用は、大なり小なりぶつかりあうことも十分予想される。特に札響のリハーサルに対する取扱いはその焦点になるであろう。

 オーケストラがその定期公演を行うホールとオーケストラの関係は、本来切っても切れない緊密な関係にあるべきであり、その重要性は欧米の良いコンサートホールに必ずレジデント・オーケストラとして優れたオーケストラがあること、そしてその逆もまた真であることから明かなことである。そして、ここでいうレジデント・オーケストラとは、これまでの日本のオーケストラのように定期公演のみをそのホールで行い、常日頃のリハーサルは別の場所で行うのとは異なり、定期公演のリハーサルまで含めてすべてそのホールで行うオーケストラのことをいうのである。欧米には大抵、一つの都市にその都市を代表するオーケストラがあって、そこのコンサートホールのレジデント・オーケストラとして活動しており、その都市の音楽文化の担い手になっているのである。欧米のコンサートホール建設のいきさつをみると、必ずといってよい程、そこのオーケストラのために必要なホールを建設するという位置付けでホール建設のプロジェクトがスタートしている。札幌はその都市規模や代表的なオーケストラの存在など、音楽文化都市としての要因を備えることのできる環境にある数少ない日本の都市のうちのひとつである。このことは、他の多くの日本の都市が、コンサートホールを建設できても簡単には実現できなかったものでありホール建設後の現在も手探りで追い求めているものなのである。

 オープンを迎えた札幌コンサートホールの今後の運営に期待されるべきもの、それは決して海外からの優秀なオーケストラによる華麗で派手な企画公演ばかりではなく、地元に展開される札幌交響楽団を始めとする音楽活動のあらゆる面での拠点となることであろうそしてそれこそが、このホール建設の意義として第一に基本構想に唱われていることなのである。

(問合せ:札幌コンサートホール:011-520-2000、札幌交響楽団:011-520-1771PMF組織委員会:011-520-2222)(豊田泰久記)




第3回ホール電気音響設備を考える会開催

 開催が遅れていた「ホール電気音響設備を考える会《を7月1日の14時~16時に[ホール完工時の音響調整について]のテーマで調布市文化会館たづくり[くすのきホール]で開催した。

 まず、ホール、展示場、体育館など例に永田事務所として行っている調整作業の現状、問題点等について担当者各々が報告を行った。最近の音響設備はシステムが大型、複雑となり、その分最終段階の調整作業が大変な作業となっている。しかし、この作業は完工前の少ない時間の中で担当者が無理を承知で処理しているのが現状である。今後は施工工程の中できちんと位置付けるべきというのが今回の趣旨である。これは、むしろ今回出席していない建築、設備設計者の理解と協力なしには実現できない課題である。

 音響調整の関連で今回用意した試聴実験は、スピーカーシステムを構成するユニットの数、配置、信号条件等によって音質がどう変化するか、これを来場者に体験して頂くという内容であった。用意したスピーカは写真のようにEV社SX-2005台を十文字に組合わせたシステムで、これを舞台中央に床から約2mの位置に吊下げ、各スピーカを15cm程度離して設置した。5台のスピーカには各々遅延装置、イコライザを接続し、単独に調整できる。なお、信号は日本音響コンサルタント協会のテストCDの男性、女性のアナウンスで、参考として正面2mの点の周波数特性をリアルタイムアナライザ(RTA)とビデオプロジェクタ(VP)で舞台上のスクリーンに提示した。

 まず、センタースピーカ1台と複数、すなわち、1台、水平、垂直各3台のスピーカを同時動作させた場合の音質変化の比較試聴を行った。さらにイコライザの有無による比較も行った。1台動作に比べ、複数動作時の音の濁りは明らかで、特に水平3台の場合が顕著であった。また、複数動作時には低音の増強があり、これはイコライザで調整できることも確認した。これまでの経験からスピーカを複数使用したときにはスピーカの波面がずれて干渉する結果、特性が乱れる事を体験している。この状況を遅延装置によって再現し、音質の劣化を試聴して頂いた。

 その結果、ごく僅かな位置の違いに相当する程度の時間差(数ms程度)で干渉による音の劣化が顕著に現れ、大きく位置がずれるにしたがって音質の変化が小さくなることがVP上の波形によっても確認できた。逆に、同一平面上に設置してあるスピーカが等価的に球面配置になるように中心スピーカに対して周辺スピーカに1~2ms程度の遅延時間を与えることでこの音質の劣化はなくなり、スッキリとした音となった。遅延効果の実験としては水平配置のスピーカへの信号の遅延時間を例えば1msずつずらすことでスピーカの放射主軸の向きを変える実験も行い、来場者にホール内を移動してもらい効果を体験して頂いた。さらに、全帯域スピーカ3台を各々低、中、高音部に分割しマルチアンプ駆動時のスピーカの位置のずれによる音質の変化についても聴取した。

 今回は2時間という時間の制約もあり、来場の皆さんと十分な意見交換ができなかったことを反省している。限られた時間であったが幾つか貴重なご意見をいただいた。例えば音楽、効果音それぞれに調整目標、手順があるのではないのか、調整にテスト信号だけでよいのか、等であった。

 我々がここに取り上げた調整は工事完了後、システムをホール運用者にわたす前の基本的な調整、いわば料理の下拵えに相当する作業である。これすら十分に実施できない現状を知って頂きたかったのである。実際のプログラム用の調整はむしろ運用者に託すべきと考えているが、その接点については運用者のご意見を頂き、話し合うべき課題と考えている。また、開催回数を増やしてほしいという有り難い意見もいただいた。これらすべての意見を糧にホールの電気音響設備の音と使い勝手のいい設備を目指して頑張っていきたいと再認識をした。

 最後に、今回、機材の借用その設置までお世話になったEVIオーディオジャパン、また、DSPを快くお貸しいただいた日本ビクターに感謝の意を表します。(浪花克治記)


永田音響設計News 97-7号(通巻115号)発行:1997年7月25日

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