永田音響設計News 95-8号(通巻92号)
発行:1995年8月15日





沖縄県立芸術大学奏楽堂

 沖縄の首里城はこれまで幾度となく戦火に見舞われ、第二次世界大戦の沖縄戦の折にはついに壊滅した悲劇の城であるが、数年前に復元工事が完了し、琉球王朝の歴史を象徴する建造物として蘇った。沖縄県立芸術大学は1986年にこの首里城下に開学した学園施設であり、美術工芸学部、音楽学部の2 学部、造型芸術研究科、音楽芸術研究科の2 大学院を擁している。とりわけ、沖縄独自の伝統芸能(琉球音楽、琉球舞踊等)の研究スタッフが充実しており、日本では珍しく地域伝統芸能を体系的に学べる貴重な機関として期待されている。周辺は未だ復元工事中であるが、本学園からも碧い空をバックに白い石垣、真っ赤な首里城を見上げることができる。この度オ*プンした奏楽堂は沖縄芸大の、特に音楽学部には待望の音楽専用ホールを中心とした施設であり、1995年6 月16日に落成を迎えた設計は沖縄県建築設計監理協同組合、施工は株式会社大米(ダイヨネ)建設である。

周辺敷地との調和
 首里城を中心とした本大学の敷地周辺は古来沖縄の歴史の主舞台となった地区である。しかし、度重なる戦火のために古の建造物は皆無に等しい状態であったが、現在はそれらも続々と復元されつつあり、歴史公園として年間を通じて全国(海外)からの観光客で賑いをみせている。敷地がこのような歴史的な保存地区に隣接するだけに、本学園の建物にも景観上の制約が課せられていた。すなわち、首里城下にそれを凌ぐような存在感のある建造物は好ましくないという所見が下され、その結果、外観デザインには沖縄独特の瓦屋根を分割して配置し、首里城から見下ろした場合、数棟の建物のように見えるような配慮がなされた。また、高さ制限も地上12m という条件が設計途中から課され、設計の見直しをせざるをえない事態もあった。そのために施設内のホールの客席数が当初の1000席程度から 600席へ、そして最終的には 390席にまで縮小された。大学側としてはやや無念さも残るようである。

施設の音響設計
奏楽堂の室配置
奏楽堂ホールの内観
 奏楽堂は限られた敷地の中に390 席のホールと、録音スタジオ、講義室、演習室等の各教室(9 室)が集積されている。さらにホール、教室全室から音が溢れ出る、といった音楽学校ならでは音環境がある。したがって、なによりもまず遮音性能を確保することが設計の大きな課題であった。
 まず、各室が独立して同時使用が支障なく行えることを目標として、配置計画段階においてホールと各教室が上下に重ならないよう配慮した。その結果、録音スタジオ付属の録音室(この室では大きな音は発生しない)のみホール客席後部と重なるが、他の室は全く重ならないよう、各教室を地下1 階と2 階に分散し、図のように中間の1 階にホールのホワイエを挟む形とした。

 遮音構造としては全教室に防振遮音層を設け、録音スタジオには防振ゴムによる浮き床にボード積層による二重の防振壁・天井を、他の8 室にはロックウールによる浮き床にボード積層の一重の防振遮音壁・天井を設ける方針で音響設計をすすめた。これでかなりグレードの高い遮音性能が得られるものと音響設計担当者は確信していた。しかし、見通しは甘かった。<教室>という扱いのため、外部採光を設けよ、とのことである。致し方なく地下階の6 室についてはトップライトを(録音スタジオのみ例外)、2 階の2 室については、室内環境等の観点からも通常の窓を設けることとした。この窓による遮音性能の低下であるが、2 階の各室についてはある程度割り切ることとした。しかし、地下階についてはトップライトの気密性を確保し、天井から煙突状に吸音壁を伸ばし、その先にトップライトを設ける仕様として透過音を吸音によって低減させる対策をとった。
 さらに、もう一つ、思いがけない問題があった。それは沖縄では防振構造の施工の前例がないとのこと。設計、施工担当者を東京に呼び、当事務所で担当している他の防振構造物件の施工現場を見学してもらい、施工の現状を体験してもらった。

 ホールの室内音響については、音楽学部の先生方からの期待も大きく、注文も様々であった。音楽専用とはいえ、その内容が洋楽から琉球音楽・舞踊までを含む邦楽まで多岐にわたることから、最近の多目的ホ*ルに設置されている響きの調整機構を導入した。具体的には、舞台には走行式の反射板を、側壁には回転式の残響可変装置を設け、各使用目的に対して相応しい音響条件がえられるようにした。

 室形状については音線法コンピュータ・シミュレーションにて初期反射音が各客席に有効に到達するよう検討し、その際、天井高を客席床レベルから11~14m とすることが適切であると判断された。設計も完成を迎えた頃、先にもふれた階高の制限が生じ、設計の見直しを迫られたが、建築設計担当の方には天井高さの確保を強く要請し、地上階以上であったホールを地下1 階まであえて下げる事で、当初の目標高を確保してもらった。

音響特性
奏楽堂ホールの残響時間特性
 施設完成後の音響検査・測定の結果、各室間の遮音性能は80dB前後(500Hz) あることが確認できた。これは、構造から期待される遮音性能である。前述の開口部での低下はやはり若干みられたが、ガラス二枚のみという条件からすれば十二分に満足できる結果である。
 ホールの残響時間は舞台反射板を設置して、かつ側壁の残響可変装置を反射状態にした場合で1.8 秒(500Hz、空席)、同装置を吸音状態にした場合で1.4 秒(同)、舞台が幕設置状態にて同装置が反射状態の場合で1.2 秒(同)、また同装置を吸音状態にした場合で1.1 秒(同)と、残響時間の可変幅は最大で0.7 秒という大きな値が得られた。
 空調設備騒音も設計時の目標値NC*20に対してNC*15~17という静けさが実現できた。

 沖縄がまだ梅雨の盛りの6 月16日、奏楽堂の落成式典がとりおこなわれた。学生、教員による琉球音楽と舞踊の披露、オーケストラによる演奏など沖縄芸術大学ならではの賑やかな内容の式典であった。残響調整機構が効果を発揮し、邦楽、洋楽共に過上足ない響きであったことは担当者としては嬉しかった。
 ここ数年のあいだに沖縄県内にも幾つかのホールが誕生している。県立芸術大学の奏楽堂ホールは平素は学内での使用が主であろうが、県のコンサートホールの一つとして地域住民に素晴らしい音楽と、また音楽活動の場となることを期待している。(横瀬鈴代 記)

Newsアラカルト

◆霊南坂教会 飯清牧師の逝去
 1960年以来、霊南坂教会の吊牧師として活躍され、また、大勢の方から慕われてこられた飯牧師が今月10日逝去された。まだ、73才というお年がほんとうに残念である。前夜式は13日、告別式は14日、大勢の信者、縁者の祈りのなか、霊南坂教会で執り行なわれた。私は旧教会から新教会への移転計画のとき飯牧師とお会いした。礼拝堂の音響、オルガンと説教の音響問題などについても勉強され、つねに前向きで対処されたことをなつかしく思い出す。また、飯先生は音楽にもビジネスにもお詳しく、幅ひろく、どんな事でもご相談できる宗教家であられた。力強く明るいお声と眼鏡のなかの優しい笑顔が忘れられない。大きなお仕事のあとの上慮のご病気、安らかにお休みください。

◆JIA サマースクール公開講義のご案内
 (社)新日本建築家協会では建築家を志す大学院生を対象に下記のサマースクールを実施中である。もちろん、一般の方も聴講できる。
 筆者は2 日目の宮内嘉久氏の「批評の精神《を聴いた。アカデミズムに対して、ジャーナリズムの意義は報道と解説と批評が中心にあるべきこと、建築家は方法論と美学と倫理観をもつべき事、Back to the Futureの姿勢(過去から学んで進め)が大事であるなど淡々とした語りであった。戦中から今日まで社会環境の変遷の中での建築界の歩み、丹下健三、前川国男という二人の建築家の姿勢など、語り部としての宮内氏の言葉には重みがあった。ただし、彼の持論である“peopleのための建築”であるが、peopleを掘り下げてほしかった。peopleという言葉は魔物である。
 本スクールについて、今後のスケジュールを紹介する。

   8 月18日(金) 16:00 より 「建築史観《   伊藤ていじ氏
   8 月25日(金) 16:00 より 「都市の読取り《 伊藤 毅 氏
   会 場:建築家会館1 階ホール 〒150 渋谷区神宮前2-3-16
   参加費:3,000 円

申込は(社)新日本建築家協会 Tel:03-3408-7125, Fax:03-3408-7129 まで

◆オルガン音楽についての二つの講座のご案内
*ミシェル・シャピュイと学ぶフランス古典オルガン音楽

   期 日:1995年8 月30日(水)13時より9 月2 日(土)17時まで
   会 場:白根桃源文化会館 〒400-02山梨県中巨摩郡白根町飯野2971  Tel:0552-84-3411
   講 師:ミシェル・シャピュイ氏:17,18 世紀のフランスのオルガン音楽について
   受講性:オルガン専門家 10吊  受講料: 30,000円 (申し込み終了)
   聴講生:一般の方も可能 50吊  聴講料: 20,000円, 1 日 5,000円
申込み、問い合わせ:日本オルガニスト協会 Tel,Fax:03-3779-2130 平井まで

*バッハ・コングレス'95
   期 日:1995年9 月28日(木)16時より9 月30日(土)18時まで
   会 場:フェリスホール  〒231 横浜市中区山手町52-1
   講 師:クリストフ ヴォルフ氏(ハーバード大学教授)
       “オルゲルビュヒェラインと平均率クラヴィーア曲集第1 巻:バッハの先進性”
       ピーター ウィリアムズ氏(デューク大学教授)
       “学究的作曲家バッハ:音楽の過去・現在・未来をみすえて”
   参加費:コンサート、セミナーを含む通し券 10,000円,レセプション会費 3,000円

問い合わせ:Fax のみ、03-3712-3737, 0467-23-7616まで

◆永田音響設計の業務紹介展示のお知らせ
 日本大学近江栄教授のお世話で当事務所が実施している音響設計業務内容の展示を東京銀座の建築家倶楽部で行います。音響設計とはどんなことをするのか、建築設計との関連は?などについての資料を展示する予定です。

   期 間:8 月28日(月)から9 月7 日(木)まで(土、日休館)
   会 場:建築家倶楽部 中央区銀座6-4-12 KNビル 5F ホ*ル
   講演会:9 月 7 日(木)18:30  永田穂「これまでの音響設計、これからの音響設計《
   参加費:展示会 500 円、講演会 2,000 円(終了後のレセプション代を含む)

問合わせ:永田音響設計、あるいは建築家倶楽部 Tel:03-3289-1888 藤岡 まで (NEWSアラカルト担当:永田 穂)


永田音響設計News 95-8号(通巻92号)発行:1995年8月15日

ご意見/ご連絡→info@nagata.co.jp



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