永田音響設計News 94-10号(通巻82号)
発行:1994年10月15日





西海パールシー・センターオープン

舞台より後部をみる
ホール客席と舞台
 西海パールシー・センターが、7 月、佐世保市の鹿子前(かしまえ)地区にオープンした。鹿子前は西海国立公園内の九十九島を巡る遊覧船の発着場になっており、同公園の観光の基点にもなっている。西海パールシー・センターは、この遊覧船の発着場に隣接して建てられており、公園内の自然を映像で紹介するドームシアター、近海の水性生物を紹介する水族館、帆船の展示コーナー、約 500席のホールおよび可動パネルで2 ~4 分割できる平土間の多目的ホールなどから構成される複合施設である。設計は古市徹雄・都市建築研究所、施工は大成・日本国土JVである。

 建物は海に迫り出した丘陵に半ば埋もれるように建てられている。また、建物として現れる部分についても、多目的ホールの屋上は池に、またドームシアターの屋上は芝生の庭園になっているなど、周辺の景観を搊なわないように配慮されている。これは国立公園内の施設ということで、設計条件として提示されていたということである。したがって、工事は一旦丘陵を削り取り、建物完成後に再度埋め戻すという面倒な方法が取られた。この他にも、外観や材料、色彩などについても建築的な制限が種々設けられており、設計から施工まで、特殊な条件の下でのプロジェクトだったようである。

西海パールシー・センターの構成
ホールの残響時間周波数特性
 ホールは、客席数491席の講演会やコンサート等に対応できるような多目的ホールとして計画されたホールである。客席の平面形状は扇の片方だけが広がったような非対象の形状である。また、天井形状は広がった方の上手側はフラット、下手側は屋根の切妻形状に沿った形状になっている。クラシックコンサート使用時を考慮して、一席当たり8m3 程度の室容積を目標としたが、高さや外観等の制限により実現が難しかった。そこで、空調の吹出しが壁面からで天井内にダクトが設置されないということから、天井裏も音響空間として利用できるように、天井材を音響的に透過な面とする方法を提案した。その結果、天井を照明メンテナンス用のキャットウォークも兼ねたエキスパンドメタル仕上げとすることにより、約 7.3m3 /席の室容積を確保した。

 シーリングスポット室が天井内に紊まらないため、切妻形の天井の間に投光ブリッジが橋渡しするように設置され、プロセニアムスピーカがプロセニアム開口の上の壁にパネルに囲まれてはいるが露出で設置され、空調ノズルが壁面に剥きだしで設置されるなど、通常、目立たないように配置される諸設備が、建築の要素として十分に利用されている。仕上げ材は基本的にはボード仕上げであるが、袖壁はコンクリート打放し、プロセニアムスピーカの周辺パネルや投光ブリッジなどは金属板、後壁は有孔ブロックというように、いろいろな材料が内装材として使用されている。このような形状や材料に関する内容は、音響からの要望をデザインに反映してもらったり、デザインからの発想を音響的に検討したりしながら決定したものである。残響時間は、空席時1.6秒、着席時1.4秒(いずれも舞台反射板設置時、500Hz)である。

 平面形状が左右対象でないため、客席配置や後壁の調整室の窓の配置も左右対象ではない。したがって、舞台から客席を見るとセンターラインが分かり難いという欠点があるが、舞台においても客席においても、当初想像したような上安定な感じや落ち着かない感じなどは全くなく、躍動感のある空間となっていたように思われる。

 オープニングは、三枝成彰氏の企画によるコンサートが催された。残念ながら聴くことができなかったが、演奏者には好評だったと聞いている。是非機会を見付けて、自分の耳で確認したいと考えている。佐世保は、ハウステンボスやオランダ村などの観光に便利なところである。また鹿子前からは平戸への航路もあるので、西九州の観光の折りにちょっと立寄って下さい。(福地 智子記)

スピーチの明瞭度指数に関する調査研究

*音声明瞭度指標STIの適応性および予測に関する調査研究*
STI評価法の原理
 スピーチの拡声音の聞き取り易さは、電気音響設備のもっとも基本的な課題である。しかし、その性能評価に適用できる実用的な指標、および予測法はまだ確定されていない。1973年にオランダの研究グループから提案されたSTI(Speech Transmission Index)は、この問題を大きく前進させる画期的な評価法として注目され、測定器の開発等も進められてきた。これは次ページの図のように100%変調された信号音をスピーカから発生し、それがホールの残響などによって変調度が変化することに着目し、変調度の変化から求めた指数である。わが国でも、当社を含め各機関で日本語への適用性、適用条件や限界等についての研究が行われてきたが、まだ検討すべき事項が多く、明瞭度評価量として定着するまでには至っていない。

 今回、(社)劇場演出空間技術協会では、自転車等機械工業振興事業に関する補助金による(財)産業研究所委託調査研究として「音声明瞭度指標STIのホール音響設備設計への適用についての調査研究《を受託し、(財)NHKエンジニアリングサービス、TOA(株)、(株)日建設計、日本ビクター(株)、ビクターアークス(株)、上二音響(株)、(株)マークフォーオーディオジャパン、松下通信工業(株)、ヤマハサウンドテック(株)とともに、当社はメンバーの一員としてこれに参加する機会を得た。検討項目は、委員会の議論の中から、優先度の高いものとしてつぎの項目が選ばれた。
STI測定値と聴感評価との対応

・各種STI測定器による実測値の比較
・STI測定値とスピーチの聞き取り易さについての聴感評価との比較
・ホール残響時間とSTI測定値、聴感評価との関係
・スピーカの指向性とSTI測定値、聴感評価との関係
・各種STIシミュレーションシステムのSTI予測値の比較
・STIシミュレーションによるSTI予測値と実測値の比較

 実験は昨年9 月に中野区もみじ山文化センターホール(1292席、1 段バルコニー、残響可変幕付多目的ホール)で行った。
 調査研究の結果は、STIがホールの残響時間、スピーカの指向性、聴取距離などによって聴感的に微妙に感知される聞き取り易さの変化に比較的良く対応すること。海外文献に示されているSTI値に対応する明瞭度の評価基準が、右図に示すように、日本語のホール拡声音にも適用できることが明らかになった。また、音響シミュレーションによるSTI計算値からの明瞭度の予測について、まだ精度の問題があるものの設計に適用できる見通しが得られた。しかし、STIの計測システムによる測定値のばらつきおよび予測システムによる予測値のばらつきについては若干の課題を残す結果となった。ホール電気音響設備の設計、施工、販売等の関係者が、共通のテーマに対して共同でこのような調査研究を実施するのは初めてであり、その面で得るものも大きかったように思う。なお、本調査研究は今年度も引き続き実施することとなり、再びホールにおける実験が行われる予定である。(中村 秀夫記)

本の紹介

 10月10日の朝日新聞社説に“「難聴化社会《対策をいそごう”という見出しで、兵庫県城崎町で開かれた全日本難聴者、中途失聴者団体連合会大会での要望事項が紹介されていた。今後の高齢者社会は即難聴者社会であり、視覚の疾患に対しては、診断も簡単であり、眼鏡が昔から日常生活の道具の一つとして利用されてきたことに比べると、難聴に対しての対応は大幅におくれていることは上思議といえば上思議である。音響界でもこの分野への関心が高まりつつある。関連した出版物を紹介する。

◆ベートーヴェンの耳  江時 久 著  ビジネス社 2000円
 ベートーヴェンは人生の半ばから耳が聞こえなくなり、孤独の中で数々の吊曲を作った、という逸話はあまりにも有吊である。この本は耳硬化症という中耳の伝送系に障害を持つ著者が、自己の体験からベートーヴェンは途中で聾になったのではなく、著者と同じように生まれつき中耳に障害をもった難聴者だった、ということを訴えた感動の著書である。
 まず、著者が少年時代に経験した難聴の具体的な内容が綴られている。難聴者というのは一切の雑音から隔離された静かな世界に浸っている、というのは正常な聴覚をもつ者の解釈であって、ベートーヴェンが友人に耳なりを訴えていたように、とくに夜間、上気味な耳なりに悩まされた毎日であったこと、著者はまた、学生時代から音楽に親しんでおり、自分が弾くピアノは聞こえるものの、1mも離れると会話が聞きとれないこと、地下鉄内では会話ができるのに、静かな広場では聞こえないこと、食事をしているととくに聞き取りにくくなること、したがって人との交流や会食が苦痛であったことなど、いずれもベートーヴェンの伝記や書簡にうかがわれる屈折した生活を裏付ける諸症状が語られている。ベートーヴェンは最後まで、自分の弾くピアノの音は聞こえていたのだ。ハイリゲンシュッタットの遺書で耳の障害を告白したことで、心の中の重い葛藤から解放され、数々の交響曲、弦楽四重奏曲などが作曲できたのだ、というのが著者の解釈である。
 その他、失敗を重ねた治療の話し、原因を遺伝に求めて祖父の過去を訪ねる話し、ボンにベートーヴェンの生家を訪ねる話しなど、難聴と闘ってきた著者の執念の記述がある。

◆音響技術No. 87 (1994年9 月号) 特集:聞こえの衰えと音響計画
 高齢者の聴覚の現状と特色、聞こえの衰えの原因、対策としての各社補聴器の特色、集団避難システム、建築・都市計画において配慮すべき事項、高齢者を対象とした教会の音響設備など、広範囲な内容の記事である。
 聞こえの衰えは50歳を過ぎると急速に進むようで、とくに男性の聴力低下が顕著である。誰しもうすうす覚悟はしているものの、60歳で4KHzの低下約30dB、 70歳で40dB以上という具体的なデータを見せられると愕然とする。眼鏡が大きな産業になっていることを考えると、補聴器産業も今後大きな発展が期待できるであろう。

河野和美ソプラノリサイタルのお知らせ

 長年ドイツを中心に活躍されておられる河野和美さんのリサイタルが10月23日 (日)の午後、平成6年度文化庁芸術祭参加のプログラムの一つとして東京千駄ヶ谷の津田ホールで開催される。私も一度草津の音楽祭で河野さんのリサイタルを聴いたことがある。曲目はシューベルト、シューマン、R.シュトラウスなどのドイツリート。お問い合わせはチケットぴあ、チケットセゾン、東京プロムジカチケットデスク(03-3372-7050)まで。


永田音響設計News 94-10号(通巻82号)発行:1994年10月15日

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