永田音響設計News 89-12号(通巻24号)
発行:1989年12月25日





SS(整理・整頓)の話
  ―捨てる技術―

 いよいよ大掃除の月となった。各事務所ではいろいろな形でSS(整理・整頓)を実施されておられることであろう。わが事務所のSS運動については青木先生のSS教室とともに、News1988年8月号で紹介した。今年も年末第一回のSSを行ったばかりである。
 この2、3年、各社からレーザーコピーや電子ファイルなどの新製品が登場してきた。しかし、OA機器によって紙の使用量は増加し、スペースはいっそう狭くなるのが現状である。わが事務所も依然として書類の山に埋もれて年をおくる結果となった。
 資料の整理についてはいろいろな手法や道具が紹介されているが、整理の出発点は“捨てる”ことにあるのは揺るがせない原則である。この単純でいて、もっとも難しい作業を考えてみたい。
 まず、捨てることをタイトルにした本を紹介する。タツの本「情報の捨て方《(経済社)、著者は梶原建二氏である。梶原氏は今流行のファイロファックスの輸入販売を手掛けられた方で、捨てるにはまず三つの段階があることを示している。

  1. インプット前に捨てる
  2. インプット後、ストック前に捨てる
  3. ストックを見直して捨てる

 さらに、捨てる基準として、
  1. 過去形で考える……つまり、今までそれを使ったことがあるかどうか
  2. 期限で制限する……期限を定め、その間に使わなかったものは捨てる
  3. 数量で制限する……これはスペースを定めて物理的に制限する

の三つである。事務所にしろ個人にしろ積極的、消極的の差こそあれ、上記の捨てる基準をやむなく採用している筈である。
 山根式袋ファイル整理システムを提案された山根一真氏が今年、「情報の仕事術《(日本経済出版社)第1巻・収集、第2巻・整理、第3巻・表現の全3巻を出版された。この第2巻にも“一時保存はできるだけ避け、その場で処理する”というのがコツであると述べてある。
 わかっているけど実行できないのがこの捨てるという行為で、とりわけモノの乏しい時代を経験した我々の年代では、封筒一つ捨てるのにも抵抗がある。12月15日の日経紙に眉村卓氏が“昔読んだ笑い話”として、何でもとっておく癖のあるおばあさんの傑作として、“短くて使えないひも”を集めた箱があったという話を紹介されているが、われわれの周りの物や資料も半分以上はこの“短くて使えないひも”の類なのではないだろうか。それに、資料となるとさらに面倒である。情報の価値というのは個人のライフスタイルに関係し、一般的な原則が打ち出せないからである。

 山根氏はその著書で、情報の整理にはファイルなどの“もの”の整理とともに、情報の内容“こと”の整理が必要であることを強調されている。梶原氏のいわれるストックの見直しである。
 剣豪小説家であった故五味康祐氏はオーディオマニアとしても有吊であり、レコードをとおしての音楽をこれほどまで探求された方はおられないであろう。“吊盤のコレクション”(新潮文庫「五味康祐氏のオーディオ遍歴《120p.)という氏の一稿がある。その中の一文を紹介しよう。‥‥‥(レコードの)コレクションを何枚所蔵しているかより、何枚しか持っていないかを糾したほうが、その人の音楽的教養、趣味性の高さを証すよすがとならないか。つまり、ろくでもないレコードを何百枚も持つ手合いは、よほどの暇人かアホウということになる。‥‥レコードはいかに吊曲だろうと、ケースにほうり込んでおくだけではただの(凡庸な)一枚にかわらない。繰り返し聴きこんではじめて光彩を放つ。たとえ枚数はわずかであろうと、それがレコード音楽鑑賞の精華というものだろう。‥‥‥
 耳の痛くなる言葉である。本や資料についても同じこと。読み込み、修正を繰り返し密度の高い資料に仕上げることによって量を減らし、検索の能率を上げることができる。年末の大掃除でいつも取り残されているのは“こと”の整理である。大掃除だけでは情報の整理にはならない。目標を定めた定常的な作業が必要である。
 このような作業を業務として定着させるには、時間とともに基本的なスペースが必要である。外国のコンサルタント事務所、設計事務所などを見てうらやましく思うのは、作業スペースの豊かさである。個人には書斎的なスペースが与えられているし、打ち合わせのスペースもたっぷりある。この時間とスペースこそわが事務所にとってもっとも難しい条件である。来年こそ明るい見通しの中で年の瀬を迎えたいものである。

都内ホールの利用状況

1989年 大ホール都内演奏回数(1093回)

1989年 小ホール都内演奏回数(1643回)

(音楽の友:1989年1-12月、CONCERTS GUIDEより)


 今年はオーチャードホールがオープンし、都内のコンサートはいっそうにぎやかになった。一方、都民に親しまれてきた皇居お堀端の第一生命ホールが今月であの建物とともに消えてゆく。昨年に引き続いて都内ホールの今年一年間の利用状況をまとめてみた。
 利用回数は昨年とほとんど変わっていない。大小合わせて年間約2700回のコンサートが行われたことになる。オーチャードホールのオープンのせいかサントリーホール、東京文化会館大ホールともわずかながら減っている。来年は東京都の芸術文化会館のオープンによって、また多少のゆれが生じるであろう。

今年の音楽界、音響界

 今年のホール界の話題は東急文化村オーチャードホールの誕生であった。オープニングには世界でも初めてというバイロイト音楽祭の引っ越し公演が行われた。一方、東京ドームと代々木にある国立競技場ではアイーダ、カルメンなどのイベントオペラが行われた。

 このような華々しかった今年の音楽界の中に帝王ヘルベルト・フォン・カラヤン、わが国では歌謡曲の女王美空ひばりの死があった。

 カラヤンに対しては11月12日、サントリーホールにおいて故カラヤン夫人を迎えて追悼の会が行われた。ヨー・ヨー・マの弾く嫋々としたバッハの調べが帝王の死に捧げられた。晩年のカラヤンについてはいろいろな事件が報道され、伝記も二つのカラヤン像が出版されている。興味ある方は雑誌「新潮《45の9月号の石井宏氏の記事をご覧いただきたい。

 美空ひばりについては指揮者岩城宏之氏が「声の悦楽《(音楽之友社、音楽の森シリーズ)に、“あなたは二百年生きた芸術家だ”という絶賛の言葉を捧げている。

 もうひとつ訃報で、東京アカデミー室内オーケストラを創設され、20年間演奏活動を続けてこられた浅妻文樹氏が今月亡くなられた。浅妻さんはヴィオラ奏者で地味で温厚なお人柄、帝王とは全く対照的なシューベルトのようにやさしい音楽家であった。バロックの研究家でもあった氏にはうかがいたいことがたくさんあった。残念である。ご冥福を心からお祈りします。

 今年も心に残るコンサートがいくつかあった。1月21日聖路加国際病院のガルニエ・オルガンの奉献記念演奏会での鈴木雅明氏のオルガン、3月10日サントリーホールでのチェルカスキーのピアノ、6月5日渡辺暁雄氏バースデーコンサートでのフィンランディアの合唱(サントリーホール)、9月4日日本R・シュトラウス協会例会(サントリー小ホール)での浦川宣也氏のR・シュトラウスのヴァイオリンソナタ、9月21日カザルスホールでのカリクシュタインのシューベルトプログラム、10月12日サントリーホール3周年記念ガラコンサートでの林康子の“蝶々夫人”、二期会・藤原歌劇団によるオペラ“ナブッコ”の合唱、10月13日カザルスホールでのトルトゥリエのチェロ、10月14日津田ホールでのレモリのドビュッシー、12月8日サントリーホールでのニッポン・オクテットのコンサートなど幸せな一年であった。

 音楽映画では“仮面の中のアリア(le maitre de musique)”というしっとりとした映画がすばらしかった。音楽の先生と弟子との愛の物語。マーラーの交響曲第4番をバックにしてマーラー、シューベルト、シューマン、ベルリーニ、モーツァルトなどの歌がちりばめられた美しい映画であった。欧州ではロングランを続けているこの映画もわが国では千利休の評判に押され話題にもならなかった。音楽映画ではないが“読書する女”にはベートーヴェンのたしかテンペストのメロディーが効果的に使われていたのも心地よかった。絵画では“ウィーンの世紀末展”(セゾン美術館)が圧巻であった。

 建築音響界ではHarris、Beranek、Marshall教授などの国際的な音響学者の来日と講演があったことも大きな出来事であった。

 もう一つ、東京のJRが社内のアナウンスを減らし、良質情報時代のJR放送を宣言したことはすばらしいことである。どうか環境音浄化の先頭に立っていただきたい。

永田事務所の一年とニュース

 最大のニュースはWalt Disneyホールの音響設計のコンペに当選したことであろう。今年の4月以降、建築家Gehry氏の事務所で基本設計の作業に入っている。約2200席の大ホールについては12月に48分の1の模型での光学実験を実施中である。
 海外では1986年に北京市の日中青年交流センターの音響設計を受注しているが、中国の事情で工事は遅れている。今年はソウル市の韓国クリスチャンセンターの音響設計を受注した。これは約3500席の大礼拝堂でリーガーオルガンが設置される予定である。

 海外業務の受注によって職員の海外出張も急激に増加し、今年の海外出張日数は延べ165日となった。来年はさらに増加する予定である。

 今年音響設計を実施したホールの中で竣工したものは、大泉文化むら大ホール(コンサートホール:808席:3月オープン:群馬県大泉町)、NECのBSVAシアター(120 インチ大画面のAVルーム:4月:秋葉原)、沼隈サンパル(コンサート指向多目的ホール:500席:4月:広島県沼隈町)、フェリス女学院大教室(チャペル兼音楽教室:474席:4月:横浜市)、広島市国際会議場大ホール(会議場を兼ねたコンサートホール:1504席:7月:広島市)、松代文化ホール(コンサート指向多目的ホール:328席:7月:長野県松代市)、姫路高等学校パルナソスホール(コンサートホール:811席:10月:姫路市)、幕張メッセ・イベントホール(電気音響設備の設計のみ:多目的大空間:4860席:10月:千葉県幕張市)、富山市民プラザ・アンサンブルホール(コンサートホール:308席:12月:富山市)、などである。
 来年の秋には東京都の芸術文化会館がオープンする。この大ホールはサントリーホール、オーチャードホールと並んで都内では三番目の2000席クラスのコンサートホールとなる。音響設計で狙った響きがはたしてどのような結果になるか、いよいよ仕上げの半年に入る。もうひとつ、コンサートホールとしては墨田区の文化会館の基本設計が始まった。このホールはすでに新日本フィルの本拠地となることが決定している。それだけにやりやすい面とむつかしい面とがある。音響設計ではあくまでシューボックスホールの響きを追求してゆく方針である。
 また、北海道旭川市の100年を記念して文化施設が計画された。この施設は歴史文化資料館、国際会議場、講演会・コンサートを中心としたホールの三点セットである。このホールは規模は小さいが北海道では初めてのコンサートホールとなる。設計は地元の柴滝建築設計事務所を中心としたJVである。



永田音響設計News 89-12号(通巻24号)発行:1989年12月25日

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