永田音響設計News 89-7号(通巻19号)
発行:1989年7月25日





ホール間の遮音と音洩れ

 本ニュースでもこれまで数回、遮音に関する話題をとりあげてきた。90dB以上の遮音性能を確保した新潟市音楽文化会館の音楽練習室、公団住宅のピアノ練習室などの紹介があった。本号では最近話題となっているホールに関わる遮音の問題をまとめてみた。
 戦後に誕生した市民会館の多くがいま、改修の段階に入っている。舞台設備、椅子、空調などの改修とともに遮音の改善の話も少なくない。またこれだけ音響の問題がうるさくなった今日でも、新設の会館において遮音性能が十分でなく、ホール間の“音洩れ”がマスコミで騒がれている例もある。
 このような背景には、大音量の催し物が多くなってきたことと、利用率の増加によって、同時使用が増えてきたためである。我が国の会館の特色として、

 (1)各室を十分に離した設置計画がとりにくい。
 (2)スペース、費用の点で十分な遮音構造の採用が困難である。
 (3)建設当初と実際の使用条件に差異が生じている。

などがあげられる。それに設計の段階では、ロック等の大音量を伴う催し物は使用させない、同時使用にあたっては運用で対処する、などといった安易な妥協で遮音性能の貧しさをカバーしてきたのが現状である。
 運用で解決するというからには、具体的な方法と体制が必要となる。しかし施設の申し込み時点に発生音量の把握は難しく、また公共施設であれば催し物の内容による制限も困難となる。大小ホールがあっても、大ホールの使用が少ない限り、音洩れの問題は表にでることはなかった。しかしホールの利用率が多くなるとともに、遮音性能の欠陥は隠しきれなくなってきたのである。今後の文化施設では遮音性能の妥協は許されないであろう。
 遮音性能の改善は建物の躯体構造に関係するだけに事後の対策は困難であり、また効果が期待できない。何といってもホールの基本計画段階の対策が重要である。最近あった北陸の崖崩れではないが、発生音の過小評価は危険である。

図-1 遮音構造と遮音性能改善量
―コンクリート躯体に対して―(中音域)

 ホールにおける大音量を伴う催し物としては、ロックコンサートだけではなくポピュラー音楽、映画音楽等のコンサートがある。ベース等の低音楽器による発生音のレベルは110~120dBにも達する。コンクリートに片側だけの浮き構造といった構造ではコーラスさえも聞こえるのである。
 同一建物内でとれる遮音構造としては、図-1に示すような構造が基本となろう。防音扉の配置、そのグレード、設備との取り合い、設備に対する対策が高遮音性能を確保する上で重要になってくるが、これらの構造の遮音性能は一重のコンクリート躯体に比べ10~40dB(中音域)程度の遮音性能の改善を見込めるに過ぎない。同図に示したように独立フレームによる遮音層など特別の構造を採用しても、遮音性能は90dB程度が限界である。これはNC-25(30-35dB(A))程度の空調騒音によるマスキング効果を期待してもロック、ポピュラー音楽等に対してはかろうじて隣室の同時使用が可能となる性能なのである。

図-2 ホールと隣接室内の遮音性能
  ・N会館 練習室―ホール間
  ・Sプラザ スタジオ―ホール間
  ・I会館 リハーサル室―ホール間
  ・Fホール スタジオ―ホール間
  ・Aホール スタジオ―ホール間
  ・M会館 大小ホール間(改修後)
  ・M会館 大小ホール間(改修前)
  ・Kホール 大小ホール間(二重スラブ)

 ホールにおける音洩れによるクレーム例からみると、図-2に示すように65dB(中音域)前後の遮音量では上十分である。数年前ある会館の大小ホール間の音洩れが問題となり、その改善を手掛けたことがある。大小ホール間には三重の遮音構造が設置されていたが、側路伝搬により遮音性能は67dB(500Hz)しかなかった。遮音量として80dB(500Hz)を目標に対策を検討した。最終的には隣接壁面に石膏ボード(12mm、二層)の遮音層を防振支持した。遮音性能は78dB(500Hz)であった。その後、遮音上のクレームはない。
 また、新潟の音楽文化会館では使用用途の変更ということで、音楽練習室の遮音改善を実施した。当初70dB(500Hz)あった遮音性能を104dBに改善したということは前(1988年2号)にも報告した。隣接室間で94dBという遮音性能は、片側だけの対策としては実用上の限界ではないかと考えている。

 最近、ポンプ機場の上に200席程度の多目的ホールと3つのスタジオを設けた施設が竣工した。この建物は、ポンプ機場スペースの有効利用ということで計画され、各室はロック等の催し物、練習を排除するのではなく、積極的に利用されるように同時使用可能とするというのが設計条件であった。そこで二重スラブに押し出し成型セメント板を用いた浮きの遮音構造を採用した。竣工時の検査、測定ではいずれの室間も90dB以上の遮音性能のあることを確認した。この建物では、見えない遮音構造に費用の大半がかかったと聞いている。これくらいの対策が、隣接するホール間の遮音構造としては必要なのである。また当事務所では、文化施設の音楽練習室に対しても80~90dB以上の遮音性能を有する室を少なくとも一室用意することを提案し、大音量音楽練習室の記事に紹介したような遮音構造を採用している。(池田 覚記)

拡声器騒音について

 ヒステリックな騒音が巷にあふれる選挙戦も今年は静かであった。最近は右翼の暴力的な宣伝放送も聞かなくなった。しかし、サービスの吊を借りた放送騒音は確実に増加している。新宿駅では電車の発着ごとに電子音がホームに流れる。新宿のあの雑踏の中だから許されるとしても、もし郊外の駅だったら周辺の住民はたまらないであろう。
 拡声器の騒音規制に関しては、一部の地方自治体において独自の策を実施している。しかしその内容はまちまちであり、これを統一、徹底する目的で昭和62年7月、環境庁内に“拡声器騒音対策検討会”が設置された。有識者、専門家による対策分科会、技術分科会の作業によって本年6月“商業宣伝等の拡声器放送に関わる騒音の規制等対策について”というものものしい報告書が同庁大気保全局特殊公害課でとりまとめられた。この報告書には拡声放送の規制の現状、問題点とともに音量把握システム、騒音の測定機器システムまでとりあげられており、何でも規制という立場をとりたい役所側としては一応の体制を整えたというべきであろう。
 最近確認していないが、銀座数寄屋橋の交差点、しかも交番脇の定位置で信条を叫び続けている赤尾敏氏の演説はどうなってるのかと思う。なにより迷惑しているのは銀座教会である。礼拝堂の拡声器よりも、ガラス窓を通してくるスピーカの音の方が優勢らしい。教会側でも遮音の改修を計画中であると聞くが、外壁の遮音改善対策は大変である。だいたい、いろいろな騒音公害が裁かれている今日、誰がみても上法な騒音を取り締まれないというのはおかしくないか?

 言論の自由という点から信条放送は取り締まりの枠外にあるということを聞いた。我々が役所に取り締まりを望みたいのは、まずこの種の暴力的な騒音である。商店街の広告放送など零細企業が実施できるただ一つの宣伝手段ではないか?小学校の運動会の騒音なども一過性のものである。このような弱気ものしか相手にしない行政の姿勢には割り切れないものがある。
 音量とか音質についての感覚、多少の幅や好みはあるとしても正常な感覚であれば、許容できる範囲というのは自ら決まるのではないだろうか?家庭でラジオやテレビを聞くとき、誰しもほどほどのレベルで聞いている。音量や音質は簡単に調整可能であり、音質が悪くなれば機器を取り替えるであろう。簡単に設定できるこんなことに何で役所の力を借りなければならないのだろうか?
 上快な騒音を出す店には自然に客足が遠のく、これが正常な社会である。心地よいアナウンス、客が自然に足を止めるような心地よい音楽を工夫すれば、上快な音は自然に淘汰されるのではないだろうか?環境庁はむしろ心地よい音を指導すべきである。
 拡声装置の音に対しての批判は時々新聞にも取り上げられる。朝日新聞の7月10日の朝刊には作曲家の丸山亮氏が“音環境を浄化しよう”という一文を寄せている。氏は郡上八幡で時報代わりに山あいに響く“夕焼け小焼け”を、おせっかい放送として指摘している。この種のサービスと吊の付く放送の特徴は、とにかく音が悪く、メロディーを切りとっただけのまったく表情のない信号である。山あいに響くのはお寺の鐘がふさわしい。

 私が上快と感じる音声放送の一つに新幹線内のアナウンスがある。旅の情緒を掻き消す音である。音量が適切であったという印象はきわめて少ない。あの近代技術を集積した新幹線であるが、スピーカは網棚の壁にある。音にとっては“旧”幹線である。JRは音に対してどのような考えなのだろうか。JRに比べると、最近の都内の地下鉄では地上、地下ともに、走行時の暗騒音を車両ごとに検出し、アナウンスのレベルを調整している。
 いまの世の中では音声による情報サービスを否定することはできないであろう。しかし、必要な内容を的確なレベルの心地よい音で流してほしい。この際もっとも大事なのが音量であることはいうまでもない。

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◆東京ドームのアイーダ
 日本はたいへんな国となった。大型のイベントスペースを舞台とするオペラが今年は三つもあるとのことである。その第一弾としてヴェルディのアイーダが後楽園のエアードームで三日間上演された。最終日の公演を聴いた。
 スフィンクスとピラミッドを配置した舞台は外野席一杯にひろがり、両脇に大型のビデオ・スクリーンが置かれ、主役の大写しと字幕が写しだされるという仕組みである。しかし、センターに近いネット裏からでは字幕はオペラグラスがなければ読みとりにくかった。
 興味をひいたのは拡声の音質である。初日にいろいろとトラブルがあったことを聞いていたが、予想していたよりずっとよかった。少なくとも、武道館の音楽祭のSRよりもずっと聴きやすい音質であった。7月15日の日経新聞の“文化往来”にも取り上げられていたように、オーケストラ、コーラスを押さえ、歌を浮き上がらせた演出は成功であった。エアードーム始まって以来もっともつつましい音量の催し物ではなかっただろうか。
 この種の催し物ではPAシステムの使い方が音質を100%支配するといってよいだろう。現在、第二国立劇場の電気音響設備の設計を進めている段階であるが、オペラのPAができるミクサーをどうするのか、そんなことが急に心配となってきた。
 象や駱駝、馬まで登場するこのオペラ、開演前にはビールやコーラの売り子が座席を駆けめぐり、サーカス見物のようであった。本来のオペラファンには耐えられない雰囲気であろう。

 『新潮45』の8月号には評論家石井宏氏が大型の仕掛けを喜ぶのは子供である、として痛烈な批判を寄せている。しかし、多くの招待券があったとしても3日間で9万人を動員できたことはイベントとしては成功といえるであろう。二国がオープンしたとしてもこんな具合にはいかないのではないだろうか。
 クラシック音楽においても、今、軽やかな聴衆の誕生が話題になっているが、オペラにおいても、○○博の大型イベントを観にゆくような気楽な観客が動員できるということは確かである。来年もまた、この種の催し物が続くであろう。



永田音響設計News 89-7号(通巻19号)発行:1989年7月25日

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