永田音響設計News 88-8号(通巻8号)
発行:1988年8月25日





牧田先生のお仕事

 今月はまず私どもの師である牧田先生の最近のお仕事を紹介します。いま、音響界の分野では学界においてもホール音響、デジタル音響、音声の合成など技術指向のテーマに関心が集中しています。牧田先生のここ数年間のお仕事はこれらとまったく対照的な音響理論上の研究です。一言で言えば残響とか拡散音場を取り扱う幾何音響学の分野で、長い間取り残されてきた音の入射に関する法則の修正という、音響理論の上では画期的なお仕事なのです。
 拡散音場では図-lのように、壁に入射する音の強さは入射角θのcosに比例し、また、面から放射される音の強さもcosθに比例するというモデルで音場を考えます。これをcosθ法則とよんでいます。残響理論も、室―室間の音の透過の関係式もすべてこの仮定に成り立っています。
 cosθ法則によれば吸音面に沿って、つまりθ=90で入射する音の強さは0。したがって、音は吸収されないという直感とは矛盾した結果となります。実はこの事は材料の吸音特性にとっても大きな間題で、測定が簡単で精度のよい垂直入射の吸音特性から計算で求めた統計入射の吸音率と拡散音場と見なせる残響室で測定した吸音率とが一致しないのです。しかもこの事は半世紀もの間、手着かずにされたままでした。先生はこのcosθ法則に間題があることに着目されました。そして、吸音材の表面の境界層の外側にさらに、媒質層を考え、その中での空気分子の運動を気体運動論から求められ、音のエネルギーが空気分子の運動の速度方向に運ばれると仮定して、cosθ法則に代わる関係式を導かれたのです。さらに、cosθ法則で成立している在来の諸式との整合性を考えられ、M( )という補正項を用いることで、在来の諸式がそのまま使用できることまで配慮されました。M( )を用いた新らしい関係式のいくつかを下記に示します。


 また、材料面からの反射についても同じ考えでcosθ法則をM( )という関数を用いて修正されました。グラスウールのような吸音材料はこれらの関係式を用いることにより、垂直入射の特性からかなり精度よく、拡散入射の吸音特性が推定できることになります。
 牧田先生の論文は下記のとおりです。なお、今年の10月、九州芸術工科大学で開催の日本音響学会の秋の研究発表会でも講演されます。
[“Revision of the cosθ Law of 0blique Incident Sound Energy and Modification of the Fundamental Formulations in Geometrical Acoustics in Accordance with the Revised Law”、Y. Makita and T. Hidaka, Acustica, 63(1987), 163p.]

青木先生のSS教室

 青木先生は牧田先生の阪大時代の学友で物理屋さんです。青木先生は永年、日本無線にお勤めで、その間、工場管理の基本は整理・整頓以外にないという確信をもたれ、整理・整頓の科学に打ち込まれ、そのシステムをまとめられました。SSというのは整理・整頓のことです。
 1965年に日本無線を退職後、東京浅川のご自宅に青木能率研究所を開設、1973年にSS教室を開校、この塾には全国から生徒が集まっています。私どもの事務所も年々資料が増え、整理が悪く、物が捨てられない私などは、資料捜しに追われる毎日でした。これを見兼ねた牧田先生から、青木SS教室の紹介があり、私と事務所の池田の二人で青木教室の門を叩いたのでした。1981年のことです。
 いまでこそ、大きな書店をのぞけば数冊の情報整理の本を捜し出すことは簡単です。しかし、その内容はファイリングに始まって、最近では手帳、カード、情報機器など個人情報の整理法に集中しているように思われます。青木先生のSSは工場の工具、治具、材料など物品の共同利用のための整埋、整頓のシステムです。しかしSSに対しての会社と個人の姿勢の問題、標準化の考え方、人と物との関係、整理のためのネーミング、格紊の方法などは物品(ハード)のみならず、資料(ソフト〉のSSにも通用できる考え方です。

 私どもの事務所のSSはまだまだ上完全ですが、青木教室で学んだことは事務所における資料整埋の一つの基盤となっています。
 青木先生のSSに関する語録のいくつかを紹介しますと、

▼人間は本来無精なものである。SSはこれを前提とせよ。
▼物の価値はその価格から捜すに要した費用を差し引いたものである。SSとは捜す費用を最小とするシステムをいう。
▼物を捜すな、場所を捜すシステムとせよ。
▼望ましくない7つのSS
(1)見てくれSS
(2)ひまだからSS
(3)時間ぎれSS
(4)かけごえSS
(5)思い付きSS
(6)やればよいSS
(7)定元、復元上明SS

 定元とは物品を整理し、定位置を与え、表示を明記する手順。復元とはくずれた定置(物品の場合は荷くずれ)を元にもどすこと。(以上、青木能率研究所発行『SSノート』1979、より)
 なお、青木能率研究所の連絡先は、〒193 八王子市東浅川182(Te1:0426-61-0507)
 ところで、皆様方の事務所、あるいは職場で、資料、文書、図面などのSSはどのように処理されておられますか?ペーパーレスをうたいあげたOA機器の導入によって、かえって紙は増えていることは確固とした事実です。また、物品と違って資料の価値は多様であり、廃棄という処置が執りにくいことも大きな間題です。立派な資料室をもった大事務所でも大事な資科は個人が所有し、いらなくなった資料が資料室に持ち込まれるのだということも聞きました。共通資料と個人資料との振り分けはたいへんな課題です。
 吊刺一つとってもその内容は月日とともに変化してゆきます。しかも、その価値は人によって、時間によって異なります。また、限られたスペースの中に書類はたまる一方です。私どもの事務所でも郵便物だけでも毎日厚さにして平均10cm程度の文書が搬入されます。その他、雑誌、資料があります。日常の業務の中で上要な資料を廃棄し、質の高い情報に集約してゆく何らかの対策が必要です。
 分かっているけど手がつかないのがSSの特質ではないでしょうか。SSの問題は今後もいろいろな角度から取り上げてみるつもりです。

津田ホールの竣工

 8月3日、東京千駄ケ谷駅前の津田塾の一角に津田ホールが竣工しました。このホールは学校法人津田塾会が、学園活動の充実の目的で、講演会、コンサート用として計画した固定席490席の小ホールです。建築の設計・監理は槇文彦+槇総合計画事務所、施工は戸田建設です。私どもの事務所は音響設計を担当し、現在最終段階の音響測定と演奏による試聴を行っているところです。
 この津田ホールは昨年末にオープンしたカザルスホールと規模は同じです。それだけに、このホールの音響の特徴をどのように設定すべきかが、音響設計の大きな課題でした。最近のコンサートホールのブームもあり、津田塾側も音についての評価をたいそう気にしておられます。
 また、槇先生はじめ事務所の方々からは壁の形、材質、客席の椅子にいたるまで音への影響について気を遣っていただきました。この津田ホールでは、槇先生の空間にふさわしいやさしさのある響きを求めたつもりです。ホールの断面図と概要は下記のとおりです。


 なお、津田ホールのオープニングを記念して10月17日から11月22日の間に8回のコンサートが決まりました。また、このコンサートとは別に津田ホール土曜講座として演奏のある講座3回が予定されています。詳細は下記の津田ホールにお間い合わせください。
[津田ホール:〒151 渋谷区千駄ケ谷1-18-24、Tel:03-3402-1851]

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◆岩城宏之サントリー音楽賞記念コンサート
 岩城宏之さんが第19回サントリー音楽賞を受賞され、その記念コンサートが8月6日サントリーホールにおいて札幌交響楽団(以下、札響)の演奏で行われました。曲目は武満徹の曲とブラームスの交響曲第2番であった。
 札響はその独特のきめの細かいアンサンブルと響きの美しさを聴かせてくれました。とくに終始ピアニッシモで奏でたアンコールのハイドンのセレナーデは、このホールの特徴を十二分に活かした吊人芸ともいえる演奏でした。岩城&札響の一層の発展を期侍します。

◆松本市ハーモニーホールのオルガンのための新曲
 このホールについては1月のニュースでご紹介しましたが、その後も一層充実した活動を続けています。私も6月の末からムジーク・フランセーズのコンサート、オルガン研究会、録音の立ち会いと3度訪れました。このホールの館の方々の暖かい対応は、利用者にたいそう好評です。
 ところで、松本で音楽活動を続けておられる丸山嘉夫氏が今年の春、このハーモニーホールのオルガンのために“イオニアン・プレリュード”という小曲を作曲され、幸にも7月の末にこのホールで開催されたオルガン研究会で辻めぐみさんの演奏で聴く機会を得ました。辻さんはオルガニストとしてこのホールにお勤めのお嬢さんです。
 オルガンのために曲が献上されたこと、しかも、地方の公共のホールにおいて・・・・すばらしいことだと思います。そして市民の音楽活動の場としてとこのホールが着実に根をおろしていることを感じます。ホールの建設の一瑞を担ったものとしてほんとうに嬉しいことです。
 春の高速道路の開通でこのホールは東京から近くなりました。秋には国際オルガンフェスティバル、アルフレッド・ブレンデルのリサイタル、イェルク・デームス&スコダの共演など魅力あるプログラムが予定されています。
 お問い合わせは、ザ・ハーモニーホール、Tel:0263-47-2004まで

◆笠間日動美術館の特別展
 笠間の郷と芸術村の生活については最近テレビでも紹介がありました。東京から90分で観光ムードに侵されない静かな町があります。日動美術館の特別展として、今月末までの小磯良平展に引き続いて、9月23日から11月6日までモジリアニとその仲間たち展、来春には向井潤吉展、ドガ展、アンドレ・ブラジリエ展が予定されています。
 なお今月の28日には第9回のミュージアムコンサートとして、弦楽トリオが行われます。
 お問い含わせは笠間日動美術館、Tel:0296-72-2160まで

◆秋のコンサートシーズンを迎えて
 サントリーホールでは3周年、カザルスホールでは1周年の記念コンサートが発表されました。スカラ座、ミュンヘン・オペラの来日もあり、今年の秋のコンサートは大変なにぎわいです。



永田音響設計News 88-8号(通巻8号)発行:1988年8月25日

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