永田音響設計News 88-2号(通巻2号)
発行:1988年2月25日





新潟市音楽文化会館の大音量音楽用練習室

 新潟市音楽文化会館は530席の多目的ホールを最上階にして、階下2フロアーに大、中、小の練習室11室を配置したユニークな音楽文化施設です。(株)岡田新一建築設計事務所の建築設計監理、永田事務所の音響設計で、1977年にオープンしました。
 この練習施設は利用率が90%を超えるという好評の施設で、市民と密着した活動が高く評価されております。
 この会館には竣工前から田代雅春さんという熱心な技術屋さんが勤務されており、ホール運行上のいろいろな間題についてご相談にあずかっております。
 開館以来ただちに浮かび上がった問題はロックや吹奏楽など大音量の音楽の練習でした。施設の利用率が高いために、“運用上解決する”という設計段階での言い訳があてはまらなくなったのでした。市の建築課、会館それに私どもと、それぞれの立場で長年この課題に取り組んできましたが、一階にある練習室4室のうち2室を大音量音楽用の練習室とする方針が決まり、まず1986年に練習室No.12を、昨年に練習室No.13の遮音改善工事を完了しました。この改修は永田事務所が音響設計とともに、新潟市の建築局の設計監理に協力するという形で実施しました。

練習室13における吹奏楽の演奏
 スペースの制約が大きいわが国では、ホールとホール、ホールと練習室などとの隣接は避けられない条件です。このような個所には当然遮音構造が必要ですが、片側に浮き構造を設置する在来の対策では遮音性能は65、70dB位が限度です。最近クラシック音楽の演奏が増えるとともに、この程度の遮音性能では音漏れが指摘され、時には新聞にまで報じられるといった事態が発生しております。
 現在私どもでは、ホールに隣接するリハーサル室やホールどうしとの間の遮音は最低80dBが必要であることを確認しており、この方針で遮音構造の設計をしています。しかし、80dBの遮音といっても、安全なのはクラシック音楽であって、ロックや大編成の吹奏楽に対しては、その発生音の音圧レベルを考えれば十分でないことは明らかです。
 90dB、100dBという遮音構造は躯体からの設計であればいろいろな方法があり、最近の録音スタジオでは実現されています。しかし既存の躯体の中で、しかも片側だけの施工が可能かどうかは、施工の実態を考えると大きな課題でした。遮音等級にとらわれず遮音の原点にもどって、遮音構造を検討しました。ここで採用した遮音構造の特徴は、

(1)浮きの遮音構造として従来の石膏ボードに代わり、重量のある押し出し成形セメント板を使用した。

(2)浮きの遮音構造の支持を床だけとし、壁、天井は自立の構造とした。

(3)スペースの許す限り、二重の遮音層を設けた。

以上の3点でした。

 このような遮音構造の性能は施工の精度が大きく影響します。当然、音響の観点から独自の監埋、現場指導を行いました。とくにダクト、パイプの遮音層貫通個所の処理は現場において一つ一つを確認しながら施工しました。
 幸いにも2室とも結果は予想どおりで、室内音圧レベルとして110dBを超える電気楽器や吹奏楽の演奏に対して、ホールでは全く聞こえない性能が得られています。
 昨年完成した練習室13と周辺室との間の音圧レベル差を図-lに、その周波数特性を図-2にあげておきます。なお、本件の担当は山本で、詳細は今春の音響学会で報告いたします。

図-1 練習室13と周辺室との間の遮音           図-2 遮音特性

笠間日動美術館のミュージアムコンサート

 笠間は水戸市西方約20kmにある城下町です。笠間稲荷とツツジで有吊な町ですが、ここに、日動美術舘の創立者である長谷川仁、林子の記念館として1972年に開館した美術館があります。
 現在、各地に建築美を競った公共の美術館がオープンしていますが、この美術館には公共美術館のあのものものしさはなく何ともいえない親しさと温かさがあります。
 作品は印象派の巨匠を中心としたものですが、珍しい展示としては画家のパレットのコレクションと、わが国の隠れたイコンの画家“山下リン”(昨年NHK日曜美術館で紹介)の作品があります。

図-3 展示室の残響時間
 ここの館長の椿堂(ちんどう)さんが、大の音楽好き。昨年の4月から、この美術館の一階の展示室でミュージアム・コンサートが企画されております。ふとしたご縁でこの会場の音響のコンサルタントをすることになりました。
 この展示室は床面積約130m2、天井高約4m、床は石、天井、壁は石膏ボードという“わんわん”の仕上げです。コーナーを舞台として移動椅子を並べると120~130席は入ります。
 空席の残響時間は図-3のように、ホールではお目にかかれない特性です。低音域が短いのは、石膏ボードの板振動と、吊画のカンバスの膜振動のせいです。幸いなことに、100吊が入ると、計算上の残響時間は約0.9秒でフラットな特性となります。
 館長からの要請で、昨年の11月14日の“モーツァルトの夕べ”、今年の1月17日の“オペラ・ハイライト”のお世話をしました。吸音性の椅子、移動反射板、照明設備、録音設備などいろいろ提案しましたが、差しあたっては、椊え木を持ち込んだり、カーテンを吊ったり、絨毯を敷いたりだけの現場対策です。これらの作業は館長はじめ、職員一同の体力参加です。響きはまだまだ紊得できませんが、ピカソ、マネ、藤田嗣二、林武など時価数億という吊画に囲まれた演奏会はひとしお味わいの深いものです。
 コンサートは毎月開催の予定です。3月26日から5月10日まで特別展として佐伯祐三展が開催されます。なお、美術舘は年中無休ですが、コンサートは夜8時の開演です。東京からの日帰りは車でないと無理です。

 笠間は知られざる観光地です。本美術館の南方2kmの丘の上には陶芸家、画家、彫刻家、染織家の集う“芸術の村”があり、その中心に春風万里荘というかっての北大路魯山人の北鎌倉の星丘窯をそのまま移設した館が美術館の別館として開放されております。観光客に荒されていない寺も多く、その中には親鸞開宗の寺、西念寺などもあります。
 美術館の近くには本格的なフランス料理のレストランが2軒と、地酒“桂城”の醸造元の中村酒店があり、美術と音楽、豊かな自然の中の散策、それに味覚と楽しみの深い町です。
 笠間日動美術館:〒309-16 茨城県笠間市笠間978-4 Tel:0296-72-2360

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◆東急文化村の計画、設計の報告
 現在、渋谷の東急百貸店本店の敷地に計画されている東急文化村の建築、および音響設計に関する総合発表会が音響学会建築音響研究委員会、建築学会環境工学委員会の共催で2月1日に行われました。午前は東急建設技術研究所で実施している大ホールの模型実験の見学、午後が東急文化村の構想、建簗計画、音響設計についての報告でした。
 この東急文化村はコンサートホール、劇場、録音スタジオ、映画館、ショッピングセンター、レストランなどを集積したたいへんな集合施設です。それだけに、ソフトの計画、建築設計、音響設計までが入り込んだ組織で進められています。このようなプロジェクトの業務組織、お偉い先生方の主張と力をどうまとめてゆくのか、興味あるところです。

 本施設の中心はオペラ、ミュージカルが可能という新しいコンセプトによるクラシック音楽用の大ホールです。この音響設計を支えているのが、日本大学木村研究室のコンピューターシミュレーションと東急技研で行っているモデル実験です。ハイテクの規模としては、今世紀最大?の音響設計ではないか思います。
 最近ホールの音響設計が急に脚光を浴びてきました。この委員会も大変な盛況でしたが、この種の発表会は学会委員会としての性格がうすれてしまうことも否定できません。ホールの音響設計にはいろいろな側面があります。また、別の角度から音響設計を考える機会が生まれることを期待しています。

◆内田光子のピアノ演奏会から
 l月26日はカザルスホールにおいてソロとイギリス室内管弦楽団ウインドアンサンブルとの共演を、また2月7日はサントリーホールにおいて、サントリー音楽賞受賞の記念のリサイタルを聴きました。ここで気になったのはホールの響きとの関連でのピアノの音のこと。なお、カザルスホールのピアノはスタインウェイ、サントリーホールではベーゼンドルファーが使用されました。
 シューマンの“幻想小曲集”を中心としたカザルスホールでのソロは音量と響きのせいなのでしょうか、音がだんごのように聞こえました。ただし、一階席です。それに比べて、ウインドアンサンブルとの共演のモーツアルトの“ピアノと管楽器のための五重奏曲”では、透明な玉のようなピアノでした。カザルスホールはまだ聴き込んでいないだけに、同じ演奏会のこの響きの違いが気になりました。タッチの違いの外に、音量の違い、それに少数とはいえ、ステージに演奏家がいる、いないの音場条件の違いも無視できないものと考えています。
 サントリーホールではシューベルトもショパンもウェーベルンもあの空間に余裕をもって溶け込んでゆく感じでした。むしろ、曲によっては、ベーゼンドルファーのやさしさに物足らなさを感じることがありました。

 ピアノ一つを取り上げてみても、空間の容積、響きの量と質、それにステージの音響条件とのバランスなどはむつかしい課題です。そこにまた響きづくりの限りない面白さがあるように思います。
 なお、カザルスホールのステージの背面にはオルガンが設置されることになっており、音響設計では、オルガンによる音の吸収と拡散を予定しています。オルガンが設置されれば、多分このような音の違い、バルコニー席と一階席との響きの違いは緩和されるものと思っています。早くオルガンを!というのが、音響担当者一同の願いなのです。

(*先月号でご招介した松本市の音楽堂“ハーモニーホール”ですが、3月5日に中央高速長野自動車道の松本インターが開通します。ホールはインターから5分のところ、東京からの日帰りが可能となりました。)



永田音響設計News 88-2号(通巻2号)発行:1988年2月25日

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