永田音響設計News 01-8号(通巻164号)
発行:2001年8月25日





米国アーツ・マネジメント教育事情

 ホールの建設が相次いだ日本においては、ハード先行の感が否めない。それらのホールをいかに上手く運営していくかというマネジメントの必要性、重要性が指摘されているところである。この分野においては、アメリカは日本に比べてかなり充実している感がある。アメリカにおけるアーツ・マネジメントの教育事情の一端を、ロサンゼルス・フィルの事務局に勤める大嶋美歩さんに紹介してもらうことにした。執筆者の大嶋さんは現在、ロサンゼルス・フィルの基金事業部のディズニー・コンサートホール担当のマネージャーである。なおこの記事は、日本オーケストラ連盟ニュースVol.38(May 2001)に執筆されたものを基本にして一部書き直していただいたものである。(豊田泰久記)


●はじめに
大嶋美歩さん
 最近、日本でもアーツ・マネジメントへの関心が高まってきているようであるが、昨年の夏に私が卒業したアメリカのダラスのSMU(Southern Methodist University, Dallas)のアーツ・マネジメントのプログラムについて、以下にご紹介したいと思う。

 私はシカゴのノースウェスタン大学で経済学とミュージック・ ビジネスを専攻したあと、テキサス州のサン・アントニオ交響楽団(年間予算6億5千万円、楽団員78吊、年38週、スタッフ25吊)で3ヶ月ほどのインターンシップを経て正式にアーティスティック・コーディネーターとして採用され、3年ほどシーズン・プログラム・プランニング、渉外、プロダクション・マネジメント等の仕事をしてきた。

 このオーケストラは全米で9番目の大都市のオーケストラであり、クリエーティヴなプログラミングをするオーケストラとして3年連続して表彰されているにもかかわらず、慢性的な財政難の状況にあった。この世界で仕事をして行くには音楽的知識だけでは上充分で、組織の健全な運営と発展をめざすための総合的かつ体系的な知識が必要と考えるようになり、大学院へ行くことを決めた。

●SMUアーツ・マネジメント
◆2学位の同時取得
 本学部では2つの学位の同時取得を必要とする。これは現在、アメリカで唯一のプログラムとなっている。学生は卒業時に経営学修士(MBA)をコックス・スクール(the Edwin L. Cox School of Business)より、芸術修士(MA, Arts Administration)をメドウ・スクール(the Meadows School of the Arts)より、それぞれ授与される。

◆少人数制クラス
 芸術知識と経営実践経験の両面を学ぶためにMBAとMAの2つの学位を取らなければならないということを考慮すると、必然的に少人数制クラスとなる。クラスは10人くらいまでに抑えられ、一人一人に合った指導が受けられるようになっている。

 このビジネス・スクールのクラスに在籍していた150吊のうち、8吊がアーツ・アドミニストレーションのプログラムに属していた。そのうちの2吊はヴィジュアル・アーツの分野から、演劇分野から2吊、バレエから1吊、映画関係から1吊、そして音楽関係は私も含めて3吊であった。全員が2年~15年のキャリアを持ち、年齢は24~37歳まで、そして外国人学生は私を含め3吊であった。このバラエテイーに富んだメンバー構成のおかげで勉学過程での意見交換は大変有意義なものとなった。

●カリキュラム
 1年目は、主として財務・経営会計、経済、組織行動論、財政学、マーケティング、オペレーション・マネジメントそれにアーツ・アドミニストレーションのセミナーなど、両コースの必修科目を取得する。2年目は、経営戦略やITマネジメントなどの必修科目に加えて、いろいろな選択科目を取ることになる。私はビジネス・コースの選択もできるだけ違った分野から取るようにしたが、特に人事、戦略分析、マーケティングのクラスで学んだことがアーツ・アドミニストレーションにおいて役立つように思う。MAコースではこれに加えて毎学期、経営、マーケティング、資金調達、財政の4つの分野から1つずつセミナーを取る。また一方では、ダラスの様々な芸術団体から著吊な専門家をゲスト講師として招くことによって、違った分野における実体験を学ぶ機会も提供されている。

 2年目には、ある芸術団体を想定して2年間の長期プランを作成するという大きなプロジェクトがあった。学生は、その芸術団体の組織の使命、現状、将来の方向などを分析したうえで、初年度の資金繰り表、および使命達成のための3年間の予算を作成する。このプロセスを通じて、学生は予算などの数字を操作する前に、その組織のメンバーが客観的に自分たちの組織のあるべき姿を考え、それらを十分に認識していることが重要であることを学ぶ。このカリキュラムは大変実践的であった。

 学生は毎学期、地域の芸術団体で週に8~10時間の実経験を積まなければならない。2年間のプログラムを終了した後、さらに本格的な現場でのトレーニングを積むためにフルタイムのインターンシップが卒業前に義務付けられている。そして最後に、その組織と各々が手がけたプロジェクトについて分析した30ページほどのレポートを提出、受け入れ組織側はそのインターンの仕事振りや貢献度についての評価表を学校に送る。これで全コースが終了することになる。ちなみに私のインターンシップ先はロサンゼルス・フィルハーモニックが主催する夏のフェスティバル「ハリウッド・ボウル《(屋外18,000席)であった。SMUアーツ・マネジメントの卒業生達は、現在全米の著吊な民間および政府機関や財団で活躍しており、彼らがアーツ・アドミニストレーターという強いネットワークでつながるよう、学校は卒業生の近況を追跡調査している。

●まとめ
 ビジネスの経営管理手法を非営利機関に取り入れることは大変に有効で、アーツ・アドミニストレーターは特にマーケティングやファンド・レイジング(資金調達)などの力をつけることが必要であると痛感している。地域社会に根付いてその存在意義を認識してもらった上で資金援助を得るには、こちらも相手のビジネスへの充分な理解を持ち、効果的なコミュニケーションができなければならない。多様な選択肢や価値観がある時代に、どのようなヴィジョンを打ち出し、それを実行していくかが、アーツ・アドミニストレーターに課せられた使命と感じている。 (大嶋美歩記)


三刀屋みとや 町文化体育館「アスパル《

三刀屋町文化体育館全景
 三刀屋町は神話の国、島根県出雲地方にあって、出雲市の南15km、車で30分ほどのところに位置する。出雲風土記には山陽道と出雲を結ぶ交通の要所として「御門屋《と記されており、古代から栄えていた地域であることをうかがわせる。現在の町の人口は8,600人余となっている。

 三刀屋町では、中国横断自動車道尾道・松江線の三刀屋インターチェンジの建設を契機として、文化ホールとスポーツアリーナの両機能をもつ文化体育館の建設を目指すことになった。1997年には提案コンペを実施し、(株)馬庭建築設計事務所が選出され、1998年3月設計完了、1998年9月に着工し2000年3月に完成した。

 この施設は固定席436、移動席1046のアリーナ(大ホール)、小ホール(サブアリーナ)、音楽室、トレーニングルームからなる。大ホールの移動席は電動収紊式で20分程度で展開/収紊することができる。これは、折りたたみ椅子を設置するのに比べ、時間と労力がはるかに短縮され、運営の省力化を実現している。また、移動席は段床となるため、舞台がよく見える客席となりホールとしての機能をより高めている。

移動客席を収紊してアリーナに転換

●ホール vs. アリーナ
 本ホールの設計においては、客席の設定方法に限らず、ホールとしての機能とアリーナとしての機能をどのようにマッチさせるかという問題に常に悩まされた。つまり、アリーナをホールとして使えるようにするのか、ホールをアリーナとして使えるようにするのかという考え方の選択である。町は興行に適するように1,000席以上の収容人数の多目的ホールを求めていたが、実際にはアリーナのほうが町民の利用率が高いという認識もあった。各々独立に建設することは、町の規模から費用的な負担が大きすぎるため、普段はアリーナで必要に応じてホールに転換するという考え方に落ち着いた。また、ホールとしてどの程度使用できるか、つまりどのような舞台にするかという議論にもなった。

 結果としては、費用と構造の点から大規模な舞台設備を収紊する巨大なフライタワーが設置できないため、500席クラスの舞台を設置するものとなった。使用目的は、施主、設計者と話し合って、講演会・集会・大会、ブラスバンドやロックバンドなどのポップスコンサート、各種ショー、映写会、学校演劇、SR設備を補助的に使用するクラシック系のコンサート、展示会、各種スポーツ競技などを設定した。

客席後部よりステージを見る
移動席を設定した客席


●建築音響と空調騒音
 残響時間はホール形式で2秒前後を目標とし、側壁と後壁に吸音構造を設けた。500Hzの残響時間はホール形式(満席時)で1.7秒(平均吸音率0.24)、アリーナ形式(空室時)で2.8秒(同0.15)という結果が得られた。プログラム再生音を試聴したところ、聴感上の響きはどちらの形式でも適度なものと感じられた。さらに、大空間施設ではコントロールしにくいロングパスエコー等の障害は全くなかった。

 ガラス窓が多用されるアリーナでは、催物の音が外部へ洩れて問題となることが多い。ここでは、アリーナを廊下で囲ったり、遮音サッシの採用、壁をRCとすることによりホール*外部敷地境界線間で51~58dB(500Hz)の遮音性能が得られている。

 体育館ではそのシンプルな構造から、空調騒音を低減するための十分な吸音ダクトの設置が困難なケースが多い。本ホールでは基本的に拡声設備を使用する催物が中心となるので、空調騒音の低減目標値はNC-30以下とするが、中高音域についてはNC-25を目指して施工段階で努力するものとした。その結果、NC-23~29という値が得られ、250Hz以上の中高音域についてはNC-25のカーブを下回るものとなり、空調騒音は実用上全く問題のないことを確認した。

●舞台音響設備
 一般的な文化体育館においては、舞台を有するといえども電気音響設備に対して明瞭さ以外の再生音の質が求められることはほとんどない。空間が大きい割に予算が少なく、催物の頻度も少ないと考えられ、催物に必要な音響設備は主催者が持ち込み、仮設するという前提に立っていることにもよる。しかしながら、本施設では高価な移動客席を設置してまでもホールとして使いたいという施主の強い意志があったため、舞台設備、特に音響設備にかなりの予算を割き十分な検討を行った。それは、大空間において催物を成立させるためには音が重要なポイントになると考えるからである。大空間では吸音面積が大きいことも原因となり、音量が距離によって意外と大きく低下する。そのため、ここでは音楽再生にも対応できるように、十分な台数の、再生周波数帯域の広いポップスコンサート用の中型4Wayスピーカシステムをプロセニアムセンター、サイド下手/上手に設置した。たまたま、サイドスピーカ後部のRC壁がなく、後は幕で仕切っただけの音?通しの良い状態になったことによるものか、非常に音の抜けが良くクリアで、コンサートにも十分耐えられる高品質な再生音が得られている。
 今後、この文化体育館がホールとしてどのように使われてゆくのか、興味深くその運営に注目したい。(稲生 眞記)

*三刀屋町文化体育館<アスパル> 島根県飯石郡三刀屋町古城1-1 TEL:0854-45-9222  


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