永田音響設計News 95-6号(通巻90号)
発行:1995年6月15日





MCHA'95(Music and Concert Hall Acoustics) 報告

 5 月15日より18日までの4 日間、鹿児島県霧島国立公園内の牧園町に昨年オープンした霧島国際音楽ホール(みやまコンセール)において、表記の国際シンポジゥムが開催された。このシンポジゥムは神戸大学の安藤四一教授を中心とした MCHA 95シンポジゥム実行委員会が主催、鹿児島県文化振興財団が共催、日本建築学会、日本音響学会、アメリカ音響学会が協賛するという形で行われた。標題が示すようにその内容はコンサートホールの音響が中心であり、ドイツからゲッティンゲン大学のSchroeder教授、広がり感などの研究の先駆者のDamaske 氏、楽器の研究をひたすら続けているJ.Meyer 氏、アメリカからは音響コンサルタントとして活躍しているL.L.Beranek、C.Jaffe、R.Johnson 氏らの参加があり、ホール音響をめぐってアカデミックなレベルからコンサルタントのレベルまで幅広い内容の発表があった。 MCHA 95および会場となった霧島国際音楽ホールの音響および設備について感想を述べる。

●発表講演から
 会場は安藤教授が音響設計を担当されたみやまコンセールの主ホールで行われた。発表論文は招待講演15件をあわせて45件が15のセッションで行われた。最終日にはJ.Meyer 氏の企画、指揮によるオーケストラ演奏をとおしてのホール音響体験講座ともいうべき一コマがあった。

MCHA95の会場となった主ホール
霧島国際音楽ホールの外観
 発表はこの霧島国際音楽ホールの設計者の槇文彦先生による“音と形、音楽ホールの設計”という講演で始まった。感じたことは、安藤シンポジゥムだけあって、IACC ( Inter Aural Cross Correlation; 両耳間相互相関係数)に関わる論文が目立った事である。このIACCとは安藤教授が提唱されている音場のパラメターの一つで、左右の耳に到達する信号のデタラメさを表す指数である。このIACCは0 から1 の数値をとる。IACCが小さいほど音に包まれた感じが大きくなり、コンサートホールの音場としては好ましいというのが安藤教授の主張であり、このみやまコンセールの響きの設計の基本理念でもある。
 わが国でも有吊な著書「音楽と音響と建築《(Beranek 著、長友訳、鹿島出版)の新版が再びBeranek 氏によって進められており、その中でコンサートホールの音響効果の評価にこのIACCを組み入れるとの発表がBeranek 氏の講演で明らかとなった。彼の評価体系は彼が前々から提唱しているInitial Time Delay Gap (初期反射音の遅れ時間)その他にこのIACCを加えた6つのパラメターを取り上げ、評点をつけ、単純に足し合わせ、その合計点でホールの音響効果をA+、A、A-、B+、B、B-、・・・・のような一次元の軸で評価するといった体系である。われわれがコンサートホールの演奏から感じる音響効果というのはこのような単純なものではないことは、コンサートゴアーの方だったらおわかりだと思う。分析手法だけが発達し、総合する体系がない現在の技術の貧しさを象徴しているように思う。わが国ではビールですらも多次元の軸で評価されている。

R.Johnsonの容積可変ホール
 ホールの周辺に残響空間を配置し、客席空間との間に扉を設け、図のような残響過程の音場をつくり、明瞭度と響きの豊かさを両立させるというR.Johnson 氏のアイディアについては、本誌92-7号(バーミンガム)、94-7号(ダラス)で紹介したが、これらのホールの音響特性についてはこれまで公表されていなかった。今回、その詳細とともに彼の音響設計の考え方が本人自身からの発表で明らかとなった。ダラスのMeyersonホールでの一例をあげると、満席時、残響空間の扉をオープンしたとき500Hz での初期の残響時間が2.3 秒であるのに対して残響時間は2.8 秒であり、彼が意図した初めは早く減衰し、おわりに長い響きが残るという特性である。しかし、図からみても残響空間の容積はかなりのものであり、わが国ではまず上可能であろう。

 また、拡散に関する発表が6 件あったが、主として、Schroeder 教授の考案によるQR- Difuser の音の反射、散乱の解析とその低音域における異常吸収に関するものであった。永田は音響設計の立場から、音響設計における上確定事項(Uncertain Factors in Acoustical Design)として、残響時間の設計目標値、拡散の問題、オーケストラ雛段やステージの床構造など舞台のまわりの問題等、実験室音響から取り残されている設計上の課題について発表した。
 なお、今回のシンポジゥムの発表論文は、ロンドンのAcademic Press社から、Music and Concert Hall Acoustics というタイトルで来春出版される予定になっている。

●霧島国際音楽ホール(みやまコンセール)の音響
 今回のシンポジゥムの会場となった主ホールでは、ブラスアンサンブル、チェンバロ、オーケストラなどいろいろな演奏が発表の合間に行われた。短期間の体験ではあったが、 第一印象として800 席弱のホールとしては響きが豊かであり、しかも心地よい響きであった。同じ規模のシューボックス型のホールと比べて響きは軽やかでのびのびしており、ワインヤード型の空間に感じる響きがあった。空席であったせいかもしれないが、独特の形状に起因するとすれば、これは新しい課題である。
 しかし、電気音響設備については設計の考え方は理解できない。初日、最初の槇先生の話しは全くといってよいほど聴きとれなかった。天井スピーカ一台ではどう考えても無理である。STI (明瞭度指数)の測定で終わって、実際の拡声のテストは行わなかったのだろうか。このような点にもこのシンポジゥムの特徴があらわれているようにも思えた。
 初日の午後からはステージスピーカが舞台両端に設置され、明瞭度の問題は解決した。

●音場シミュレーションシステム、システム*Sの体験
永田が好ましいとする音場条件(システム*Sによる)
 この施設には表記の装置が設置されている。これも安藤教授の発案によるもので、コンサート来場者にあらかじめ、この音場シミュレーション室で、音量、残響時間、IACC、 初期反射音の遅れ時間などの異なった音場条件にある音楽を再生し、その好み(preference)から、その人に相応しい席のチケットを推薦するという仕組みである。このチケット案内システムの構想は以前から聞いていたが、今回のシンポジゥムでもその体験がプログラムの一つとして組み入れられていた。
 このシミュレーション室はホールの脇の階段を上ったところにある。被検者には初めに簡単な説明があり、音楽の短いサンプルがA、Bの対で提示され、好ましいと思った方のボタンを押すように指示される。曲はヘンデルの『水上の音楽』の一節だった。
 このようなホールでの演奏を疑似体験できる装置は可聴化(Auralization)システムとして、concert hall acousticsの最先端の技術として着目されている。それだけに、チケット販売までリンクしたこのシステムには大きな期待があった。しかしである、提示されるサンプルの音楽の残響の音質があまりにも酷かった。残響がついたサンプルはそれだけでマイナスの評点をつけざるをえなかった。参考のために、筆者の好む音場特性を図に示す。図のように残響がないのが筆者の好みという評価となった。たしか、このシンポジゥムにおける発表でも、残響の好みについては意外と短いグループがあるという内容の発表があったが、その原因は試験音の残響の音質であることは間違いない。担当者はこの点に気付いておられるのだろうか?このような実験結果から残響の最適条件についての結論が導き出されることを何よりおそれる。担当者はぜひ実際のホールでなまの響きを体験して欲しいのである。

 霧島一帯は桜のあとの瑞々しい新緑でかこまれ、初日の豪雨を除けば、さわやかな毎日であった。牧園町の方々による手作りの昼食など、これまでの学会にはない暖かいもてなしもあった。一重に安藤教授とそのお弟子さんグループの献身的なお骨折りによるものである。心から感謝するとともに、これを機会にこのようなシンポジゥムの流れが生まれる事を願っている。(N)

本の紹介

◆『ピアノの巨匠たちとともに』*あるピアノ調律師の回想*
フランツ・モア著 イーディス・シェイファー構成 中村菊子訳 音楽之友社 2500円

 著者のフランツ・モア氏はスタインウェイ社のHead Concert Technician 、先年なくなったホロヴィッツの専任の調律師として活躍された方である。本書はまず、ホロヴィッツの回想から始まる。調律師からみたホロヴィッツとルビンシュタインいう二人の巨匠の性格の対比はおもしろいが、彼は、気難しいホロヴィッツの調律に使命感を感じていたようである。わが国でも久し振りに来日したホロヴィッツの演奏会にはいろいろな批判があったが、そのときの舞台裏の話しもある。さらに、ギレリス、クライバーンらとの交流が描かれているし、先日亡くなったミケランジェリに悩まされた場面もある。
 第二部はスタインウェイ社の紹介と調律の話し、スタインウェイのピアノの特色、標準ピッチの問題、調律の手順と方法、整音の説明など技術的にも興味ある話題である。第三部は著者の生い立ち、かれはドイツ、ラインランドの音楽好きの家庭に生まれ、幼少の時は音楽を志していた。しかし、戦争で兄を、連合軍の爆撃で弟を失い、ナチスの残虐行為から神を呪う日々を迎える。この章の戦災の描写は生々しい。そしてイギリスの牧師によって信仰の道に入る。また、左手首の炎症から音楽を断念。調律の道を選び、アメリカに渡りスタインウェイ社に席をおくことになる。
 フランツ・モア氏は敬虔なクリスチャンであり、本書のなかにも聖書の言葉が自然な形で出てくるし、ピアニストのため、ピアノのために祈る彼の姿がある。また、ユダヤ人の音楽家に対しての苦しみ、ギレリスに聖書をわたした感動的な場面もある。
 第四部はイーディス・シェイファー氏が語るフランツの話しである。舞台裏での彼の仕事ぶりが描かれている。
 本書は音楽家と楽器の狭間で仕事をしている調律師からみた音楽界の話しである。楽器の話し、ホールの話しもある。さわやかな印象が残った。最近、購入したレーザーディスク、ホロヴィッツ*ザ・ラースト・ロマンティック(PILC-2511) *に彼が愛したピアノCD443 とフランツ・モア氏の姿があった。(N)


永田音響設計News 95-6号(通巻90号)発行:1995年6月15日

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