永田音響設計News 02-02号(通巻170号)
発行:2002年2月25日






こやのせ座(長崎街道木屋瀬宿記念館)

こやのせ座の外観
 こやのせ座は、福岡県北九州市八幡西区の木屋瀬に完成した「長崎街道木屋瀬宿記念館《内に建設された多目的ホールである。設計はサム建築研究所、施工は佐伯建設、オープンは2001年1月1日である。

〈長崎街道と木屋瀬〉
 江戸時代、徳川幕府により江戸を中心に東海道、中仙道、日光道、甲州道、奥州街道などの五街道とそれから分岐する脇街道が整備された。長崎街道は福岡県の小倉と、鎖国体制にあったその当時、唯一海外との窓口であった長崎を結ぶ脇街道として整備され、街道沿いには25カ所の宿場があった。木屋瀬宿は福岡藩内の六つの宿(筑前六宿)の一つで、交通量が多く賑わいのある宿場だった。また遠賀川(おんががわ)にも近く、舟場や渡し場が設けられるなど水路を利用した産業も盛んだった。街道沿いには今でもその当時の建物が残され、タイムスリップしたような独特の町並みが形成されており、いくつかの住宅は修復が行なわれて一般に開放されている。放送作家として活躍した伊馬春部(いまはるべ)の生家も修復され、旧高崎住宅として市指定有形文化財に指定されている(この修復設計もサム建築研究所で行っている)。休日には町を散策する観光客の姿も多く見られ、木屋瀬は北九州市の観光スポットのひとつにもなっている。

〈敷地:町茶屋跡〉
 長崎街道木屋瀬宿記念館は多目的ホールの「こやのせ座《と、民家に残されている美術品や工芸品を展示している「みちの郷土資料館《から構成されている。敷地は長崎街道に面しており、江戸時代の町茶屋〈脇本陣〉跡である(御茶屋〈本陣〉は大吊などの専用宿泊施設、町茶屋〈脇本陣〉は通常は旅籠だが本陣に入りきらない家臣などの宿泊施設)。敷地からはその遺構も出土されている。当初の計画では、資料館と多目的ホールを一棟で建設する予定だったが、遺構が二カ所から出土されたため資料館と多目的ホールを別棟にしたという経緯がある。 “くの字”に曲がった街道に沿って、こやのせ座と資料館が、向かい合うように建っている。敷地の裏側は遠賀川の土手である。土手沿いの道路は隣接する直方市と北九州市を結ぶ道路で、トラックなどの交通量の多い道路である。道路交通騒音・振動の防止は音響設計の課題の一つであった。

〈こやのせ座の概要〉
こやのせ座 舞台
 木屋瀬宿には、昔、大正座という芝居小屋があり、こやのせ座はそれを模したものになっている。写真からもわかるように、外観も内部も芝居小屋風である。構造もはじめは木造でという話しもあったが、土手沿いの道路騒音の防止を考慮してSRC造となった。

 内部は奥行き7mの舞台、幅約11.5m×奥行き12.5mの平土間の客席、そしてその左右の1,2階に桟敷席がある。1階桟敷席は八畳敷きの畳の間が左右それぞれ三室設けられており、2階桟敷席は板の間である。一階桟敷席は平土間側と両脇の各室間をフスマで仕切ることもでき、個室としての利用も可能になっている。収容人数は最大300人である。 使用目的はこの地区の公民館的な役割が主であるが、コンサートや各種イベントにも使われている。可動式の能舞台も所有しており、伝統芸能への対応も考慮されている。

〈こやのせ座の音響設計〉
桟敷席
 最も大きな課題は、舞台裏手の遠賀川沿いの道路交通騒音防止対策であった。壁はできる範囲でコンクリートとし、扉や窓などの開口部は2重の防音扉やサッシとした。しかし、鉄骨との取り合いなど隙間のできる箇所が多いため、現地での確認をこまめに行い、隙間についてはグラスウール充填と鉛シートでの塞ぎを徹底して行なった。その結果、外部からの騒音は催し物に支障とならない程度に遮音されている。

 内部の仕上げは、写真からは一見木仕上げのように見えるが、天井にはアルミ板が、後壁には金属板が使用されていて、芝居小屋が現代的にアレンジされている。残響時間は空室で1.3秒(500Hz)である。舞台には残念ながら反射板が設置されていない。しかし、舞台にフライがないため、天井高が高くないことや幕類が少ないなど、反射板のないことによる音響的なマイナス面がカバーされている。コンサートを聴く機会がまだないが、利用者からは演奏しやすいという話を聞いている。

 設計を担当されたサム建築研究所代表の吉崎さんからは、街並み調査を行うことから木屋瀬に関わることになり、イベントの企画などを通して町の方々とのお付き合いも深くなっているというお話を伺った。また、記念館の設計を行うことでより一層町の方々との連携も密となり、今も町家を利用した展示会を開催するなど街の活性化に努力されている。こやのせ座により新たな展開が生まれることを期待してやまない。 (福地智子記)

(問合せ先)長崎街道木屋瀬宿記念館:福岡県北九州市八幡西区木屋瀬3-16-26
TEL:093-619-1149、FAX:093-617-4949


改修と音響設計《1》

改修にも音響設計を!
 この20年ほどはホール・劇場の建設が活発だった関係で、私どもの音響設計業務の対象も必然的に新設の文化ホールが多く、本ニュースでも毎号新しくオープンした施設をご紹介してきた。しかし、目立たないが文化ホール以外に、たとえば教会、体育館、議場など、いろいろな施設の音響の改修に関する業務も行っている。改修が必要になった理由は、音響の性能が時代に合わなくなりグレードアップが必要になったものもあるが、もっとも多いのは音響に関してのクレームによるものである。そして、そのほとんどは建設に際して適切な音響設計がなされていれば改修という事態に至らずにすんだと思われるものである。

 ところで、音響設計が導入されている文化ホールについては、音響障害が原因での改修ということはほとんどないが、別の意味で、いま、多くの会館がこの問題に直面しつつある。すなわち、全国各地に文化ホールの整備が始まった昭和30年代の後半からすでに40年を越える年月が経過し、建物の老朽化に加えて耐震性能に関する法規改定等から、建物の大規模な改修が課題になっている施設が急増していることが公立文化施設協議会等の調査結果で明らかになっている。舞台設備や客席椅子等の部分的改修は開館後15年前後を目安に実施されている事例が多いが、40年を越える年月は、建物全体の老朽化に対して、かなり規模の大きい改修を視野に入れなければならない時期といえる。

 以上のように、音響に関する改修の原因は、大きく分けて次の三つになる。

* 建物・設備の老朽化
* 音響性能のグレードアップ
* 音響障害の改善

 すなわち、改修といっても施設によってその原因や状況は異なるが、改修における音響設計の重要さ、という点では変わりがない。バブル崩壊後の長い経済停滞のなかで、旧い建物を取り壊して新しいものに建て替えるというやり方と対照的に、既存の建物を生かしながら時代に対応できる施設に生まれ変わらせる改修にこれまで以上に目が向けられることは疑いがない。

 そこで、本号より数回(隔月予定)にわたり『改修と音響設計』というテーマで、いろいろな施設について具体的な事例をご紹介することとし、本号ではその初回として音響設計の立場からみた改修の課題等について述べてみたい。

■建物・設備の老朽化 …文化ホールの改修…

〈美味を知った聴衆にも魅力あるホールに〉
 建設年度の旧い会館のなかには、開館後数十年の間に近隣に新しいコンサート専用ホールができるなど、会館を取り巻く状況がかなり変化している例が少なくない。状況によっては建物の根本的な改修という事態になったときに、音響について新しいホールとの棲み分けが重要な問題になる。コンサートホールのリッチな音・・・美味を知った聴衆にも足を運んでもらう魅力あるホールにするには、コンセプトが明確でないとせっかく改修しても利用者に失望を与えかねない。東京文化会館などは、改修のやり方次第で新しいホールに負けない魅力を持ち続けることができることを示すよい例といえるだろう。

〈改修計画のスタートは早く、計画策定には建設時の計画・設計スタッフの参加を〉
 文化ホールは、開館後10年を過ぎる頃から舞台設備等の更新を考えなくてはならない。この点が一般の建築物とは大きく違うところである。おそらくほとんどの会館はオープンの時点では運営を軌道に乗せることに頭がいっぱいで、開館時に将来の改修のことなど考えていられない、というのが実情であろう。しかし、10年という歳月はあっという間に来てしまう。一方で、とくに財政の厳しい昨今、更新・改修が実行されるまでに必要な関係部局や議会の承認等の手続きには時間がかかる。開館と同時に長期改修計画の策定をスタートしても決して早すぎることはないのである。あわせて重要なのは、改修計画策定における建設に関わった計画・設計スタッフの参加である。建物を熟知したスタッフが加わって早期から計画策定を行うことが結局よい結果に結びつくはずである。

〈軽微な改修もホールの音響を変える〉
 文化ホールには様々な設備機器が備えられており、それらの耐用年数が同じではないため計画的な部分的更新・改修が必要になる。もし、何らかの改修が行われる場合は、ホール音響への影響について注意深くなって欲しい。規模が小さくとも、また音響に直接関係ない工事でもホールの音響には軽微ではない影響を与える場合が多々あるのである。

■音響性能のグレードアップ

 長い年月の間に使用条件が変化するなどして、当初設定された音響性能では運用に支障を来すようになって改修というケースもある。たとえば教会や礼拝堂で、当初なかったパイプオルガンを設置することになり、オルガンに適した響きになるように内装を改修する、あるいは会衆が高齢化し、説教が聞き取りにくいので拡声設備を改修する、などである。また、音楽練習室で楽器の演奏音が大きくなり、隣室との遮音性能が足りない、あるいは、体育施設で単に練習や試合だけに使われているうちは問題なかったが、スポーツ教室を開催するようになって、インストラクターの話が聞き取れない、などいろいろである。

■音響障害の改善

 音響障害に対するクレームの内容は様々であるが、主なものは騒音、音漏れ、残響過多、残響上足、拡声音が聞こえにくい、などである。施設も教会(礼拝堂)、屋内体育施設、展示場、議場など多岐にわたる。この種のクレームは竣工直後に発生することが多く、責任問題に発展するケースも少なくない。そのほとんどは計画段階で音響が検討項目に入らなかった結果である。

 文化施設は音響を含めた様々な性能が適切に設定されてはじめてその機能が発揮される。文化ホール新設の場合は、だれにも音響の重要さが理解されるようになったので間違いが少ない。しかし、改修となるとこの認識が希薄になりがちだし、文化ホール以外の施設の場合は、新設でも考慮されることが少ない。こういう現状が『改修』に深く関係していることに理解が深まることを望んでいる。 (中村秀夫記)


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永田音響設計News 02-02号(通巻170号)発行:2002年2月25日

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